6.宿場町にて
慌ただしく走る獣が引く車に乗って、私はようやく宿場町・ミクサにたどり着いた。乗せてくれたネズミ族の男性、コアズさんにお礼を言うと、私は町を歩いた。
宿場町というだけあって、宿屋はもちろん、食料売り場や武器・防具店、魔法具を扱う店などが並んでいる。中には、旅商人が営業する交易品の店もあった。雰囲気的には江戸時代にでもタイムスリップしたような感じだ。そこに魔法関連の商品があることを除けばの話だが。
私はまず茶店に立ち寄り、休憩を取る。簡単な食事でお腹を満たし、お茶を飲んで息をつく。日本にある物とは見た目は似ているけれども、香りはハーブのような清々しいものだった。
立ち上がり、次に食料品を見に行く。その場で食べられるものもあるが、私が欲しいのは保存用の食料だ。好みや栄養価等々を考慮しつつ、1ヶ月分くらい買い込む。その辺りでさすがに財布が軽くなってきた。はて、どうしようか。私が持っている物といえば、先ほど買った物を除くと服と魔石くらいしかない。このうち、売りに出してもよさそうなのは魔石だけだ。売れる物かは定かではないが、人々の生活に必要な物であるから何とかなるかな?
そんな事を考えていた所為だろうか、私は何かに引きつけられるようにとある店の前で足を止めた。何故かは知らないが、そこから動けなくなってしまったのである。店のショーウィンドウには、宝石のように光を放つ魔石が並べられていた。あまりの美しさに、私は息をのんだ。店そのものは決して立派だとは言えないが、あの魔石の並べ方はなかなかセンスがあると思う。足を前に進めると、扉は私を受け入れた。店の主であろう、中年くらいの人族のおじさんが愛想笑いを向ける。私は軽く微笑み返すと、商品に視線を移した。
水晶型の色とりどりの魔石が並び、その近くには値札が添えてある。大きさや色によって値段が違う。高い物は金貨を払わなければならないものや、安い物は数十クアでいい物まで幅広い。色が違うのは役割が違うからで、例えば赤いのは炎をおこす。私はそんな魔石達の彩りを楽しんでいた。
そこでふと、ある事に気がついた。赤に橙、黄色に青に緑、黒や白などの色がある中で、紫色の魔石だけ並べられていなかったのだ。私はカバンから、魔物を浄化した後の魔石――紫色に輝く魔石を取り出す。ぶっちゃけ、私にとって一番なじみがあったのはこの紫色の魔石だった。だって、魔物を倒した後にいつも残るから。そういえば、この紫の魔石にはこれといった属性は無い。炎をおこす事も、雷鳴を轟かせることも、はたまた傷を癒す事もできる。もしかしたら、属性がないと逆に扱いづらいのかなあ? そう思っていると、背後から声がかかった。
「嬢ちゃん、その魔石、一体どうやって…?」
振り向くと、店のおじさんが驚きを前面に押し出したような顔をしていた。緊張のためか、声も震えている。何だか深刻そうな顔つきに、事実を明言するのは憚られた。
「拾ったんです」
修飾語一切を省略して、私はただそれだけ述べる。魔物が落とした物を“拾った”のだから、あながち間違いではない。おじさんは更に食らいついた。
「拾った!? どこで?」
「あー、忘れちゃいました」
私の言葉に、おじさんはがっくりと肩を落とした。いや、本当は覚えているのだが、事実を言ったら面倒な事になる気がする。確証はないが、何となくそう思った。深くため息をつくおじさんに、今度は私が尋ねた。
「これって、そんなに珍しい物なんですか? 石ころみたいに落ちてたから、てっきり普通にある物だと」
私の質問を受けて、おじさんはこいつどこから来たんだろうとでも言いたげに訝しげな表情を浮かべた。……悪かったねぇ、世間知らずで。おじさんはようやく口を開く。
「何言ってんだ、そいつは『純魔石』じゃねえか。ちょっとやそっとじゃお目にかかれない代物だぞ?」
曰く、純魔石とは全能の魔石で、天然物は滅多に存在せず、人口精製も困難だという。だが、私にはそんなご大層な物には思えない。
私は手の中に収まっている紫色の魔石を見つめた。この世界に転生して六厳善に育てられてから、修行と称して森に住まう魔物と戦った。その度に魔物は魔力と悪意とが分離し、この紫の魔石を落としていったのだ。つくづく、自分の常識とかみ合わないなあ。おじさんはあごに手を当ててなにやら考え込んでいたが、やがて顔を上げた。
「嬢ちゃん、俺にその純魔石を576オウルで売ってくれねえか?」
そっか、魔石は買い取ってもらえるんだ。って、ええええっ!?
「ご、576オウル!?」
え~っと、さっきの買い物で使ったのが10パース弱で、72パースで1オウルだから――って余計分からん! とにかくものすごく高額だけど、大丈夫なのかな? 困惑する私を気にせず、おじさんは更に頭を下げて懇願する。
「ダメか? 何ならもっと出すぞ?」
「い、いやいやいや売ります! 576オウルで売りますから!」
それだけでもぼったくりのような気がして良心が痛むが、相手の方が価値を分かっているのだし、本人がそう望んでいるのだからいいと思う。私もお金は必要だったが、彼が破綻するといけないのでそれ以上高額になる前に止めた方がいい。私は手に持っていた純魔石をずっしりと重い金貨と交換してもらった。おじさんの方はと言えば、珍しい品が手に入って大満足の顔だった。私はそれを見て少し安心し、店を後にした。
満月さんは世間知らずですw
魔石関連について、色々疑問を持っていただけたらありがたいですね。
真相は今後明らかになりますので…
ちなみに、576というのが半端な数字に思えた人は、この世界は12が基本単位であることを思い出してもらえば分かると思います。
作者はこういう地味な異世界描写が好きです。