11.約束
もやもやした気持ちのまま、私は泊めてもらっていた公民館に戻る。皆が待っている部屋に行くと、彼らの他に赤髪のエルフの人――クロヴィスさんがいた。
「あ、デュライアおかえりッス」
「ただいま」
アッグに声をかけられ、私は微笑む。けれど、部屋にいるクロヴィスさんが気になってすぐに目線を移した。彼はあの桃色髪の女性となにやら話している。が、すぐに私に気付いて会釈した。私も会釈したところで、彼の後ろに男の子が隠れているのを見つける。
「すみません、こいつはどうしても星護様と話がしたいといってききませんで」
私の視線に気付いたクロヴィスさんが男の子の肩を押した。綺麗な銀髪のその男の子は恥ずかしそうに前に出る。私はそんな男の子と目の高さを合わせた。男の子はもじもじしていたが、やがてそっと目を上げた。
「ねえ、星護様は帝国に行くんでしょ?」
「そのつもりだよ」
私が笑いかけると、男の子は言葉を続ける。
「僕のお父さんもお母さんも、帝国にいるんだよ。『会いたい』って手紙を書いてるんだけど、なかなか帰れないって返事が来るんだ。帝国のために働かなきゃいけないからって」
男の子はとても悲しそうな顔をした。遊び相手や育て役がいるとは言え、まだ親が恋しい時期なのだろう。今にも泣きそうな顔で目を伏せている。と、やがて顔を上げた。
「星護様は帝国の悪いやつをやっつけにいくんでしょ?」
男の子の声は震えていた。澄んだ大きな目は不安で揺れている。私は彼の言わんとしていることを理解した。だから優しく笑ってみせる。
「私はね、悪い人を倒すために帝国に行くんじゃない。困っている人を助けるために行くんだよ」
私の言葉で、男の子はきょとんと目を瞬かせた。私はそんな彼の頭を撫でてやる。
「あなたのお父さんやお母さんが帝国から帰れなくて困っているなら、私が帰れるように頼んでくるよ」
撫でながら優しく言い聞かせる。この子はきっと、私が帝国に味方する両親をも殺してしまうんじゃないか、そう漠然と思っていたのだろう。私の言葉に、男の子はぱあっと顔を輝かせる。
「本当? 本当にお父さんやお母さんに会えるようになる?」
「うん、約束するよ」
「やった! ありがとう星護様!」
男の子は私の手を取ってぽんぽんと跳ねた。跳ねると彼の細い銀髪が揺れ動き、きらりと光を反射する。と、男の子ははたと動きを止めて懐を漁った。取りだした物を私の手に握らせてくる。見れば、それはペンダントのようだった。革紐にガラス質の飾りが付いている。円形のそこには竜のモチーフが刻まれていた。
「これは?」
「これはね、お父さんが僕にくれたものなんだ。これがあれば、お父さんやお母さんも僕が頼んだってわかるはずだよ」
「でも、私が持っていって大丈夫なの?」
「うん! だから、絶対お父さんとお母さんが帰れるようにしてきてね!」
私が念を押して確認すると、男の子は私の手を握って笑みを浮かべた。大切な物なんじゃないのかとも思うけれど、探す手掛かりがあるのはありがたい。私は早速、もらったペンダントを首にかけた。ガラス質の冷たさが少しくすぐったい。
「わかった。ありがとね」
私は男の子の頭を撫でた。彼は微笑んでから、嬉しそうに部屋を出て行く。それを見送ると、傍に人の立つ気配があった。
「すみません、あの子の無理なお願いまで……」
見上げれば、クロヴィスさんが申し訳なさそうにうつむいている。私は立ち上がり、彼に笑いかけた。
「大丈夫ですよ。もともと頼まれていたことでもありますから」
帝国を倒す――そう望んでいた宮殿の人達は、帝国に行ってしまった人達を帰すことも望んでいたはずだ。だから結局、私にかけられた期待に大して変化なんてない。
「ったく、だからってわざわざ面倒ごと抱えなくてもいいだろ」
横からカイトの不機嫌な声が飛んできた。それを聞いた桃色髪の女性がしゅんと小さくなってしまう。
「すみません、本当は私たちも行くべきなんですけど……子供達を置いていく訳には」
「気にしないでください。そのための“旅人”なんですから」
私は女性をなだめるように声をかける。私たちは旅人だ。人の頼みで遠くへ行ってくることも仕事の一つ。そう思えば、肩の荷も軽くなるような気がした。
「よし、そうと決まったら早速出発の準備を整えるよ!」
「はいッス!」
私が意気込むと、真っ先にアッグから返事が返ってくる。いつものことながら頼もしいものだと、私は嬉しくなった。




