7.期待を呼んで
ミシュエルの案内で次にやってきたのは、木造の大きな建物の前だった。暗い木目の壁と斜めに丸太を組んで作られた屋根。高床で地面との間には風が通るようになっている。入り口らしき物は見当たらず、格子状の窓から奥が見えた。覗いてみると、建物の中には何か女性の像が安置されている。神社のようだと私は思った。
「ここは森の神を祭る神殿です。森の恵みをもたらすとされる女神、ファレストの像が安置されているのです」
ミシュエルはそう説明してくれた。道理で厳かな雰囲気がある。森の神様だから木造の建物なのだろうか。そんな風に思っていると、アッグが怪訝な顔をした。
「ファレストッスか? ミコトラスじゃなくて?」
「ええ。主神ミコトラスを祭る神殿ももちろんありますが、この国は森に囲まれていますから、森の神であるファレストを特に信仰しているんです」
主神ほどではなくとも神様には違いありませんから、とミシュエルは付け加えた。けれどアッグは腑に落ちないという顔をしている。私は特に変だとは思わなかったけれど、この世界じゃ主神以外の神様が単独で祭り上げられるのは珍しいことなんだろうか。
「おや、星護様。神殿にようこそおいでくださいました」
不意に声がかけられて、私は振り向いた。お辞儀から顔を上げたエルフ族の男性と目が合う。その人は葉っぱのような飾りが付いた服を着ていた。白髪で腰も曲がっているが、しわ一つ無い顔からは年齢が推測出来ない。
「どうですか、星護様もお祈りしていきますか?」
白髪の男性は笑顔でそう提案した。お祈りか。ちょっと興味ある。問題は時間にどれくらい余裕があるかと、みんなが許してくれるかだ。彼らの顔を窺おうとしたとき、こちらに近寄ってくる人影が見えた。
「来ていらしたんですね、星護様」「お会い出来て光栄です!」
何人かのエルフ族の人達が私の周りを取り囲んだ。ある人は恍惚とした表情で私を見つめ、ある人は私の手を取って激しく握手をする。芸能人を見つけた一般人のように、みな興奮を抑えきれないという顔をしていた。人が多いせいで身動きが取れない。しかも騒ぎを聞きつけた人々が集まって、余計に逃げられなくなっていた。こんな状態ではお祈りどころじゃない。
「デュライア、次の場所に向かいますよ」
ミシュエルが声を張り上げた。その声で集まっていた人達の視線が彼に集まる。ミシュエルはそれを気にした風もなく人垣をかき分け、私の手首を掴んだ。腕を引っ張られて人垣から抜ける。人々が追いかけるより早く、カイトとアッグが私の左右に並んだ。彼らが牽制の壁となり、とりあえずはその場を離れることに成功したのだった。
「疲れた……」
私は宿のソファに座りこんだ。歩き回ったことによる疲労ではなく、精神的に倦怠感が押し寄せる。結局、あの後も何度か人が集まってきたのだ。その度に逃げるように離れたのだが、こうも連続すると嫌になってくる。
「仕方ないッス。デュライアは星護で、伝承に出てくる英雄ッスから」
いわゆる有名税ってやつだろうか。アッグの言葉を聞きながら、そんなことを考える。もっとも、私自身はまだ有名になるような活躍をした訳ではない。ただ言い伝えの存在だから期待されているだけだ。そのことが余計に辛くもある。
「ったく、星護様だの呼んでる割には邪魔になってるし、全然敬ってねえな」
「そう言ってやるな。世界に一人の存在だ、会えただけで幸運なんだから」
カイトがとげとげしく言い放ち、ミシュエルがそれをなだめる。カイトは黙ったが、小さく舌打ちした。私はそんな彼らを眺めながら、小さくため息をつく。
「そういえば、あの人達、なんで遠目で私が星護だってわかったんだろう」
彼らは私の目をのぞき込んで確認した様子はなかった。魔物もいないから浄化の力も見せていない。それに遠目から即座に判別できるのなら、これまでだって気付いた人が集まってきたはずだ。私の言葉を聞いて、ミシュエルが指を上に向ける。
「それはですね、我々エルフ族には星護が光り輝いて見えるからです」
「へっ!?」
私は驚いて変な声を上げてしまった。人が光って見えるって、どういうことだろうか。
「比喩ではなく、本当に光って見えるんです。もう少し正確に言うなら、光のオーラを纏っている、というところでしょうか」
私は瞬きしながらミシュエルの説明を聞いていた。なるほど、彼らには私がオーラを纏っているようで目立ったから、すぐに星護だとわかったのだろう。ひれ伏したくなる気持ちもわかる気がする。
「すごいッスね! デュライアはどんな光ッスか?」
「ちょうどこの辺りにぼわっと、緑色の光があります。森のように深い色合いで――それこそ、デュライアの目の色に似ていますね」
アッグの問いにミシュエルは手で示しながら答えた。聞いていると不意に顎に手を掛けられた。目をのぞき込むように整った顔が近づく。と、カイトが短く息を吐き出した。
「初耳なんだが」
「言わなかったからな。必要ないかと思って」
ミシュエルはきっぱりと答えた。そんな彼を、カイトは静かに睨む。けれどこの国に来るまでエルフ族の人にほとんど出会わなかったから、必要ないと思うのも無理はない。出会ったと言えばミシュエルと――
「あれ、ミシュエルは私の浄命紋を確認したよね?」
「ええ。間近で星護を見るのは初めてでしたから、確認したかったんです」
私の問いに、ミシュエルは笑顔で答えた。オーラが見えてももっと証明が欲しかったらしい。他の人はすぐ私が星護であると確信したように思うけれど、そんなものなんだろうか。私はちょっと首を傾げてから、ソファにもたれかかった。




