6.森中の都市エリアム
国王様との謁見の後、私たちは宮殿を囲む森の中にいた。平らにならされた道で、今後の予定を話し合う。
「で、やっぱりケルトーニィ帝国に向かうのか?」
「とりあえずはね。でも、できるだけこの国を見て回ってから行こうと思うんだ」
カイトの質問に答えると、三人とも意外そうに目を瞬かせた。私は笑って言葉を続ける。
「だって、せっかく行きたいと思ってたシルフェリオに来たんだよ? 話聞いて通り過ぎるだけなんてもったいないでしょ」
もとより世界を見る旅なのだ。この国をもっと知りたい。文化や状況、その他にもたくさん興味惹かれることがある。それに帝国では星護としての宿命があるから、またここに戻ってくるのはかなり後になりそうだ。それならば、先にこの国を回りたい。
「んな悠長な……」
「俺はデュライアに賛成ッス! 乗ってきた車もすごかったし、ゆっくり行きたいッス」
カイトはやはり否定的だったが、アッグはノリノリだった。彼もこの独特な異国が新鮮に見えるらしい。
「そういうわけだからさ、ミシュエル、この王都を案内してくれない?」
「エリアムを、ですか?」
「うん。この国にしかない珍しい物とか、見ていて楽しい絶景とか」
私の提案に、ミシュエルは顎に手を当てて黙り込んだ。街の名前、『エリアム』っていうんだ、という感慨を抱きながら、彼の言葉を待つ。
「いいのか?」
カイトがミシュエルを見やった。その問いかけがどういう意味を持つのか私にはわからない。ただ当のミシュエルには伝わったらしく、尖った耳を揺らして微笑んだ。
「ああ。デュライアが行くと言ったんだ。何も、問題はない」
そう言う彼の顔に陰りが見えたのは気のせいだろうか。ミシュエルは手を下ろし、私に向き直る。
「この国だけにある物、といわれると数多くありますが、見応えのある景色から案内しましょうか」
「よろしくね」
彼が言うからにはきっと厳選した物なのだろう。それだけで期待に心が躍る。と、ミシュエルは私の手を取った。まるで貴族のお嬢様にするかのように、大きな手が優しく包みこむ。一瞬硬直してしまったが、手を引かれて足を踏み出した。そのまま彼にエスコートされて大通りを歩く。身長差があるため少し歩きにくかったが、それをあまり感じないうちに足が動く。でも何故か気恥ずかしくて、私はうつむいた。
やがて私を引いていた腕の力が弱まった。隣の足音も消え、思わず彼の顔を見上げる。ミシュエルは笑って前方を指し示した。
「着きましたよ。ここからなら街の様子がよく見えます」
言われて、私は示された方を見た。前方に広がるのは明るい森。背の高い木々が生い茂り、その景観を壊すことなく建物が点在している。見える家は立派でありながら自然な色合いだ。建物の上、木の合間を縫って空を飛ぶ車が行き交う。自然と調和した未来都市――そう呼ぶのが合うだろうか。美しい景色に、私は息を呑んだ。
「この王都・エリアムで一番の市街地です」
「これだけで他の国と全然違うッスね」
アッグもまた感嘆の声をもらした。この国は他国と交易をしていないと言っていたから、独特の景観があるのも当然だろう。
私たちはミシュエルの後に続いた。案内する彼はどこか楽しそうにも見える。私は慣れない田舎者のようにきょろきょろしながら通りを歩く。ある店の前を通りかかったとき、ほのかに甘い香りがした。足を止めて見上げると、看板のある可愛いお店が建っていた。窓辺にはぬいぐるみや小物が飾られ、ドアには営業していることを示すプレートがぶら下がっている。
「お菓子屋で足を止めるとは、デュライアは甘い物が好きですね」
からかう声に驚いて振り向くと、皆の視線が私に集まっていた。ミシュエルは笑っており、カイトやアッグは仕方がないという顔をしている。恥ずかしさがこみ上げてきて、私は誤魔化すように頬を掻いた。
「いいですよ。寄っていきましょうか」
ミシュエルに言われ、店のドアを開ける。ふわりと香ばしい匂いが鼻をくすぐった。明るい木目の床や壁が可愛らしい装飾とよく合っている。カウンターはショーウィンドウになっていて、中にケーキやクッキーなどの焼き菓子が並べられていた。
「い、いらっしゃいませ、星護様」
店番をしていたエルフ族の少女に声をかけられる。緊張しているのか、その顔は少し赤い。
「よかったらこれ、お一つどうですか?」
そう言って、少女はクッキーの乗った小皿を差し出した。試食させてもらえるみたいだ。私はお礼を言って、一つ手に取ってみた。平たく丸い形のクッキーで、真ん中にアーモンドに似た細長いナッツが入っている。口に入れるとさくりと軽い音がした。砂糖の強くない、自然な甘み。ナッツは香ばしく、しかししっとりとしている。形はアーモンドだが、食感はひまわりの種に似ていた。
「美味しい……」
素直な感想を述べる。私の言葉を聞いた少女の顔がぱあっと輝いた。私まで嬉しくなりながら、手にした残りを食べ終える。
「俺ももらっていいッスか?」
横からアッグが顔を覗かせた。店番の少女は嫌そうに表情を歪める。鉤爪のある手から小皿を遠ざけ、クッキーが取られるのを阻止してしまった。横にいるアッグはぽかんと少女を見つめた。が、自分を見る目に侮蔑がこもっていることに気付いたのだろう。アッグは拳を握りしめ、鋭くにらみ返す。下手をすれば悶着が起きかねない状況に、わたしは制止に入った。
「ま、まあまあ、落ち着いてよアッグ。買えばいいだけの話だからさ。すみません、それと同じの、一袋もらえませんか?」
私はアッグを制止してから、少女に向き直る。少女は瞬きしたが、すぐに店員の顔つきになって紙袋を持ってきた。中に同じクッキーが入っていることを確認し、銅貨を渡す。袋を持って焼き菓子のお店から外に出た。
店のドアを閉めた途端、アッグは怒りのこもったため息を吐き出した。あれだけ露骨に店員に嫌われたのだから無理はない。私は紙袋を開けてクッキーを一枚取りだした。
「食べる?」
差し出すと、アッグはクッキーを受け取って大きな口に入れた。しばらく口を動かしていたが、飲み込んだときには首を傾げた。
「デュライア、さっきこれをあんなに美味しそうに食べてたんスか」
「え? 美味しいよ?」
間違って渡されたのだろうかと心配になって、私も一つ食べてみる。でも、やっぱり同じ味だった。素朴で後に引かない、さっぱりとした味。もしかして、アッグの好みには合わなかったんだろうか。
「意外と、デュライアはこういう素朴な味が好きなんですね」
いつの間にか一枚食べていたらしいミシュエルが言った。彼自身は嫌な顔をせず、楽しそうに私を見つめている。
「変、かな?」
私が尋ねると、ミシュエルは首を振った。
「いいえ。ただ、以前カイトに同じようなどんぐりクッキーを作ったときはかなり不評でしたので」
「あれは味がほとんどしなかったじゃねえか」
ミシュエルはくすくすと笑い、カイトがそれをジト目で見る。状況を知らないから、どっちの言い分が正しいのかはわからない。ただ、このクッキーは濃い味が好きな人には不評だろうと予想出来た。というかこれ、どんぐりクッキーだったのか。そんな今更な驚きが続く。確かに、真ん中にあるナッツは殻を剥いだどんぐりに見える。自然な味わいだったのも、素材の味を生かすためなのだろう。
私はカイトとミシュエルの二人に目をやった。すでに口げんかに近い言い合いになっている。そのやり取りがなんだか可笑しくて、私は笑った。




