5.答え
何故か投稿し忘れていた話です。
話が飛んで申し訳ありませんでした
翌日、私たちは昨日と同じ部屋に呼び出されていた。シルフェリオ国王と数人の大臣が机を囲み、私を見ている。
「結論は出ましたか?」
国王に問いかけられ、私は頷いた。視線に期待がこもっていることを感じつつ、大きく息を吸う。
「私は、全帝にはなりません。帝国と戦うつもりもありません」
にわかにどよめきが起こった。一人が勢いよく立ち上がる。彼らに反論されるより早く、私は言葉を続ける。
「でも、帝国には行きます。世界を見て回る旅の途中ですから、その国の状況を見てこようと思うんです。帝国も見て回って、考えて。そうすれば、道も開けると思うんです」
「情報なら密偵を送ればいいことでしょう。何故わざわざ――」
「我々の能力を疑っているのですか?」
エルフ達は信じられないとばかりに詰め寄ってきた。説得のため、部屋内は騒然とする。その声に負けないよう、私はさらに声を張り上げた。
「あなた方を信用していないのではありません。ただ、私はあなた方と同じような見方ができる自信がないのです」
だから自分で行きたいのだと強く言った。でも本当のところは、ただの口実だった。期待された役割から逃れ、今まで通り旅を続けたい。星護とか全帝とか、重いものを背負わなくていい生活がしたい。そのためには、何とか彼らを納得させる。
やがて、国王が長いため息を吐いた。
「どうしても、ご自分で行かれるのですか」
「はい」
間を置かず、私は答える。見える顔は何か言いたそうだった。渋い顔をする彼らに、私は笑顔を作ってみせる。
「大丈夫ですよ。最悪、私の首一つ飛ぶだけですから」
「そうなるのが、一番困るだろうが!」
反論は後ろから飛んできた。振り返ると、カイトが険しい表情で私を睨んでいた。
「お前はっ――もっと自分の立場を考えろ! いい加減、特別な存在だって自覚してくれ!」
カイトは私の肩を掴み、ものすごい剣幕で怒鳴った。鋭い紫色の光に、体が硬直する。大声だったからか、周りの音が聞こえなくなった。その静寂の中で、目の前の呼吸を整える音だけが耳に届く。威圧的な感覚に襲われ、私は息を吐いた。
「じ、冗談だって。私だって死ぬつもりはないよ」
笑おうとして、顔が引きつってしまう。弁明の言葉もどこか乾いていた。もちろん嘘をついている訳ではない。反乱を起こすよりは被害が少ないと言いたかっただけで、死んでも構わないとまでは思っていないのだ。ただ彼に気圧されているせいで、急逃れの言葉にしか聞こえなくなってくる。
「その言葉が信用できねえから言ってるんだろうが。簡単に自分を犠牲にしようなんて考えるな」
覆い被さるほど近くに彼の顔があった。自分の意思を押さえ込むのも一つの犠牲だ。そう思ったが、必死な顔をする彼に告げることはできなかった。
「そうですよ! 星護様は安全なところで、皆を導いてくださればいいんです。攻め入るのは我々の役目――なのに何故、一人で背負い込むのですか!」
一人のエルフがカイトに同調して叫んだ。吐き出された言葉に、私はつい自虐の笑みを浮かべる。
「何も、背負い込んでなどいません。自分のやりたいことを申し上げたまでです」
むしろ、彼らに頼らないのは逃げだ。大役を背負い込まされることから、自由な方に行きたいと言っただけに過ぎない。私は肩を掴むカイトの手をどけ、机の皆に向き直った。
「それから、もう一つ訂正を。私は“一人”ではありません。彼らと一緒に行きますから」
そう言って、後ろにいる三人を示す。それでも国王や大臣は不満そうだった。小さな呟きが聞こえる。と、肩に手が置かれた。カイトが不機嫌そうに私を見ている。彼が何か言う前に、私は笑顔を向けた。
「頼りにしてるよ、カイト」
「へ? お、おう」
意外だったのか、カイトはきょとんと瞬きした。私から目をそらし、照れくさそうに頬を掻いている。
気付くと、不平の声は消えていた。納得したのではない。ただ、国王が立ち上がったのだ。引き締まったその表情から、ため息に似た言葉が吐き出された。
「ミシュエル。――ミシュエル・グレクス・ロンドアーツ」
「は」
名を呼ばれて、ミシュエルは数歩前に進み出た。二人の間にある厳格な雰囲気に、私は息を呑む。国王は重々しく言葉を紡いだ。
「お前に命ずる。元王宮騎士団員の誇りをかけて、星護様をお守りせよ。よいな」
「御意。必ずや星護・デュライア様を守り抜いてみせましょう」
ミシュエルはその場で跪いた。長年仕えていたと思わせる、優雅で自然な動きだった。むしろ、生き生きとしている。反対に、お辞儀を受ける国王は複雑な表情をしている。同席しているエルフ達はほとんどが嫌悪感をあらわにしていた。やっぱり彼らの間に何か悶着があったのだろうと察してしまう。でも言葉にはしない。今言うべきことじゃないもの。
ミシュエルは立ち上がった。嫌味な視線を気にした風もなく、にこやかに笑っている。そのことに安堵して、私はエルフ達に向き直った。腰を折り曲げてお辞儀をし、部屋を後にする。宮仕えの人の案内で、私たちは宮殿を出た。




