4.乗り物があると楽なのに
無人でただ平らにならされただけの道を、私はとぼとぼと歩いていた。数日前の元気はどこへやら、足下もおぼつかない。
村を出た当初は保存食もあり、道中襲い来る魔物を退治しながらでも歩く事ができた。が、想像以上に遠かったのだ。大都市ピオッシアどころか、途中にあるという宿場町でさえ見えない。あの村が――いや、それ以上に今まで私の住んでいた山がものすごく辺境の土地だったのだと、身をもって痛感させられる。
街道と言うだけあって、無人ではあったが所々道ばたに休憩所が設置してある。水だけはきちんとあったので困る事はない。が、食料の方はと言えば、家畜のえさらしき干し草が置いてある程度で、私が食べられそうな物は無かったのだ。
加えて、私にはどれが食べられる野草なのだか判別不能だ。親である六厳善に知識を仕込まれたりもしたが、それだけで渡っていけるほど世の中は甘くない。王道ファンタジーらしく魔物を狩ってその肉を食べられればいいのだが、奴らに実体はないし、そもそも浄化されて魔石と化してしまう。水さえあれば何も食べずとも数週間生きられるらしいが、魔物の襲ってくる中では最低限食べ物が欲しい。飢え死にするのが先か、はたまた魔物のえさとなるのが先か。そんな事を考えてしまうほどまでに、私は切羽詰まっていた。
しかしそれでも足を止めないのは、座り込んだらもう歩き出せないと分かっていたからだ。無茶というものは、自分で止まりさえしなければ本当のギリギリまで続ける事ができる。運が良ければ街が見えてくるかもしれないという淡い期待だけが、私を前に進ませた。
道の合流点まで何とかさしかかった時、聞こえてきた地響きのような音に、私は思わず足を止めた。音の正体は、多くの獣に引かれて走る車だった。慌ただしく走る獣たちはやがて動きをゆるめ、私の目の前まで来て止まった。御者をしていたらしいネズミ型の人が降りてくる。
「嬢ちゃん、こんな道ばたでどうしなすった?」
降りた人は小柄な男性のようだ。毛並みはやや乱れてはいたが、ある程度整えられている。
「すみません。実は少々疲れてしまいまして……」
そう言って、曖昧に笑ってみせる。その間、私は少し思考をめぐらせた。上手く取り合えば、この馬車(引いているのは馬ではないが)に乗せてもらえるかもしれない。せめて宿場町まで行けば、そこからはどうとでもなるはずだ。
「あの、もし良ければ、近くの町まで乗せてくださらないでしょうか?」
私の申し出に、ネズミ型の人はあごに手を当ててうーんと考えていた。やがて何か思いついたらしく、私に向き直る。
「へっ、3パースくれえはもらいてえところだなあ?」
その人はニヤリと口の端をあげた。口ぶりからして、パースというのはこの世界の通貨単位だろう。見ず知らずの人間を運ぶのだから、お金を取られるのは仕方がない。私はカバンから、銀貨の入った袋を取り出した。とりあえず、3枚出す。
「これでいいですか?」
「おう、それだそれ」
ネズミの人は嬉しそうに銀貨を受け取ると、快く私を乗せてくれた。天の助けって、こういうことを言うのかな。私は礼を言うと、町まで乗せてもらうことにした。