7.薬草探し
宿場町にたどり着くやいなや、私たちは医者がいるという診療所に駆け込んだ。ぐったりしたカイトをベッドに乗せ、医師の診断を待つ。フェンリル族の医師はカイトを診て、顎の辺りの毛をいじった。
「風邪ではないようだが……もしかして、ここに来るまでに魔力の"霧"に遭遇したかね?」
「はい。とても濃い魔力でした」
彼の問いに、私は頷く。医師は狼の大きな口からふっと息を漏らした。
「だとすると、やはり魔力中毒か」
魔力の毒気に体が蝕まれ、変調をきたしているのだという。医師の説明は、疲れたような響きを伴っていた。
「治るんですか?」
いたたまれなくなって、私は尋ねていた。けれど、医師は難しい顔で黙り込んでしまう。私の中でますます不安が募った。そんなに危ない状態なんだろうか。まさか、治らないなんてことは無いよね? やがて、医師は丸椅子に座りこんで重い口を開いた。
「実は、治療薬に使う薬草を切らしていてね。解熱剤しか処方できないんだ」
つまり根本的な治療はできず、症状を緩和する対症療法になってしまうということだった。しかもその薬草がないことには、中毒を完全に治すことはできないのだという。私はショックで口が開いたままになってしまった。
「ど、どうするんスか、それ!」
アッグが声を荒げるが、フェンリル族の医師はすまないと謝るばかり。アッグはぎりっと奥歯を噛みしめていた。私はしばらくその様子を眺めてから、真っ直ぐ医師に向き直る。
「その薬草はすぐ手に入らないんですか?」
「この時期ならば近くの谷に自生しているはずだが――」
医師は不思議そうな顔をしながらも答えてくれた。つまり、薬草は採りに行けるということだ。だったら話は早い。
「その谷はどこにありますか? それと、薬草の特徴も詳しく教えてください」
私は狼似の顔にぐっと詰め寄った。医師は驚いて目を見開き、私をまじまじと見つめる。
「まさか、採りに行く気か!? 冗談じゃない、あの辺りは魔物も多いんだ。それにじき日も暮れる。いくら何でも危険だ!」
医師は私の肩を掴み、止めようと説得した。何日かすれば届くはずだから待ってればいいとも言われた。けれど、私は引くつもりはなかった。待っているだけは耐えられない。
「デュライア、俺も行くッス」
アッグはそう力強く宣言した。斧を背負い、握り拳を作る彼の存在はとても心強い。
「私も行きます。二人だけに役目を背負わせるのは――」
ミシュエルも立ち上がり、医師を見据えた。けれど彼は咳き込み、苦しそうに肩を上下させる。それを見た医師が慌てて彼を椅子に座らせた。
「待ちなさい。君も魔力による影響が強い。そんな状態では無理だ」
「しかし!」
止められても、ミシュエルは必死の形相で食い下がった。だが顔色が悪く、明らかに無理をしている。私はそっと、彼の正面に立った。
「ミシュエルはここに残って、カイトの傍にいてあげて。きっと、一人じゃ不安になると思うから」
私は優しい声で懇願した。ミシュエルは何か言いかけたが、ぐっと押し黙る。彼もカイトが心配なのだ。ついて行けないと落ち込む彼に、私は大丈夫だと微笑んでみせた。そして、いまだに不服そうな顔をする医師に向き直る。
「お願いします。薬草を採りに行きます。だから、カイトをよろしくお願いします」
私は深々と頭を下げた。沈黙の中、こちらを見つめる視線を感じる。やがてため息が聞こえてきた。
「わかった、そこで待ってなさい。今薬草の絵を持ってくるから」
そう言って、奥の部屋に入っていく。しぶしぶでも同意してくれたことが嬉しくて、絶対に採ってこようと意気込んだ。
診療所から出た私とアッグは、町の裏手にある山に向かっていた。山は木々が生え、照葉樹の深緑色が広がっている。その間隔はやや広く、合間から日光が降り注いでいて明るい。差し込む日のおかげか、足下に背の低い草も生い茂っていた。
欲しい薬草は渓流にあると言っていた。とすれば、まずは川を探そう。耳を澄まし、森の音を聞く。風が葉を揺らす音に混じって、水の流れる音が聞こえる。私はそれを頼りに、森の中を歩いていった。
茂みから現れる魔物を退治しつつ進んでいくと、下り坂にさしかかった。その先を見ると、少し傾いた陽光が照らす場所があった。そこだけ切れ込みを入れたかのように開けており、うねる水はキラキラと光を反射している。見下ろしている分には別世界のようにも見えた。
谷間の川は岩肌を滑るように流れている。川岸には小石が積み上がり、葦に似た草が生い茂っている。私は顔を上げ、辺りを見回した。ここから薬草を探すのは、なかなか骨が折れそうだ。
「手分けして探そう。アッグはこっち側をお願い。私は向こう岸を探してみる」
「わかったッス。見つけたら知らせるッスよ」
彼が頷いたのを確認し、私は剣を抜いた。魔力を集め、自分に魔法をかける。ふわりと宙に浮いて、川を飛び越えた。草の多い場所を選び、そっと降り立つ。
私は背の高い草をかき分け、丹念に探し始めた。ラッパ状の花やふわふわの綿毛を持つ草。様々な種類の植物が混み合って生えている。でも、どれも違う。もらったイラストの特徴にかすりもしない。はあとため息を吐いて立ち上がる。場所を変えてまた草を分ける。
どれほど繰り返したときだろうか。日が徐々に赤みを帯びていく中、私は白い花を見つけた。指の爪ほどしかない可愛らしい花が、ひょろりとした茎の上でいくつも咲き誇っている。私はその根元を丁寧に掘り起こした。ひげ状の根に、赤茶色の小さな球体がくっついている。私はもらったイラストと比べてみた。間違いない、薬草だ。これがあれば、魔力中毒を治す薬が作れるはず。
私は大きめのビンをカバンから取り出し、土の付いた根っこごと薬草を入れた。ビンが緑色に染まるほど詰め込み、水を少し入れる。ふたを閉め、水が漏れ出ないことを確認した。
「デュライア、そっちはどうッスかー?」
「あった、見つけたよ!」
反対の岸から声を上げるアッグに、私は手を振り返す。薬草を詰めたビンを掲げると、アッグは嬉しそうに腕を振り上げた。ビンをカバンに入れて顔を上げると、水の中から影が躍り出た。水しぶきが上がり、白いそれが高く飛び上がる。私は咄嗟に後ろに飛んでいた。
固い足がさっきまでいた場所の土を弾き飛ばす。その威力に戦慄した。現れたのは上半身が馬、下半身が魚というアンバランスな姿をした魔物だ。アザラシのように魚の下半身を横たえ、蹄のある足を踏みならしている。ぎょろりとした目を向け、鼻息を荒くこちらを睨んでいる。
魔物は声高にいなないた。私は剣を抜き、臨戦態勢をとる。魔力が集まったかと思うと、水の固まりが私に襲いかかった。そのまま水泡の中に捕らわれてしまう。空気を吐き出してしまうのをこらえ、私は固く口を閉じた。揺らぐ視界の向こうで、敵の尾が迫るのが見える。私は剣を握りしめ、真っ直ぐに突き出した。相手の勢いで確かな感触が腕に伝わる。
けれど、判断を間違えたらしい。捕らわれ足が水中にあったが故に、私の体は後方に飛ばされていく。投げ出され、河原の石にぶつかった。水が飛び散る。肺の中の空気が一気に吐き出され、私は咳き込んだ。水を吸った服は重く、髪の毛の先から水が滴った。何とか受け身は取れたからダメージは少ない。半身を起こし、相手を見やる。叫び声を上げた魔物は、こちらに突進する。しかし私の体は硬直してしまい、動けなかった。
鈍い音が響き、悲鳴が上がった。大きな石が砂埃を上げて落ちる。
「デュライアー! 大丈夫ッスかー?」
聞こえてきた頼もしい声に、私は我に返った。見れば向こう岸にいるアッグが声を張り上げている。彼が石を投げて加勢してくれたのだ。
魔物はアッグに気付き、怒りの形相で対岸に駆け出す。向こうでアッグが斧を構えるのが見えた。私は立ち上がり、剣を構える。魔力を集め、頭の中でイメージを構築した。魔物は飛び上がり、アッグを狙う。白い体がアッグに近づいた瞬間、私は剣を振り上げた。
『雷鳴よ!』
短い詠唱の刹那、小さな落雷が半馬に当たる。魔物は痛みにいなないて、魚の尾で立ち上がった。さほどのダメージではなかったようだが、それで十分だ。平たい刃が魔物の土手っ腹に食い込む。凄まじい勢いで振るわれた斧は、敵のはらわたを切り裂いた。異形の怪物は倒れて動かなくなる。それを確認し、私は向こう岸へと飛んだ。白馬ののど元に剣突き刺せば、その体はごろりとした魔石に姿を変える。そこでようやく、私は息をついた。
「ありがとう、アッグ。助かったよ」
私はアッグに微笑んだ。アッグはくすぐったそうに笑いながら、私にタオルを掛ける。
「間に合って良かったッス。ほら、早く乾かさないと風邪引いちゃうッス」
やや乱暴に、ごしごしと頭を拭いてくる。私は大丈夫だからとその手を止め、手にした剣を握り直した。魔力を集めて一振りすれば、びしょ濡れの服から水気が吹き飛ぶ。ほらねとタオルを返せば、アッグはすこしばつが悪そうに鼻を掻いた。
協力プレイで敵を倒す! のような熱い展開は好きです。
別視点の番外編も書きました。興味があれば拾遺集のほうもどうぞ。
→病床の傍らで




