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マイペース☆ファンタジー  作者: 風白狼
6章 自由と観光の国
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6.ミスト

 ギンと別れた私たちは、賑わう通りを歩いていた。夕暮れ時だからか、飲食店が特に賑わっている。どこも混んでいたから、今夜の食事は出店で売っている物の食べ歩きということになった。ある店は細長いパンに肉と野菜をサンドした料理が売っていて、美味しそうだったからつい買ってしまった。肉に染みた少し酸味のあるソースがパンにもうつり、スパイスと相まってとても美味しい。噛む度にあふれる肉汁がさらに旨みを重ねる。支えるパンはもちもちと柔らかく、かみ砕かれてすんなりと喉を通った。

 そんなこんなで食べ終えて、今夜の宿に向かう。食事の付いていない素泊まりでいいので、宿代自体は安い。汗を流してベッドに倒れ込むと、疲れのせいか私はすぐに眠ってしまった。



 長い腕がこちらに迫る。体をずらし、向かってきたそれに刃を向ける。相手の勢いで腕は切れ、どさりと落ちた。小さな目の下に剣を突き立てる。褐色の皮膚に切っ先がめり込み、柔らかい体にずぶずぶと入っていく。確かな手応えまで到達すると、魔物は絶叫して消滅した。ごろんと紫色の結晶が転がり落ちる。辺りを見回すと、もう他に敵はいなかった。

「片付いたみたいだな」

 傘を背中に担ぎながらカイトが言う。私は息をつき、先ほどの魔石を拾い上げた。

「なんか、この辺り魔物多くないッスか? さっきからずっと戦ってる気がするッス」

 アッグが頭を掻きながらぼやいた。ソクトの町を出発して三日目。その間にさっきのような戦闘が十回以上はあった。彼の言うとおり、整備された街道の割には魔物との戦闘が多い気がする。

「なんだアッグ、もうへばってるのか?」

「違うッス。ただ敵が多いなって思っただけッス」

 わいわいと言い合う二人。彼らを見て、ミシュエルが腕を組んだ。

「確かに遭遇率は高いですね。消耗は命取りになりかねませんし、この辺りで軽く休憩にしましょうか」

「そうやって休んでばっかりいたら先に進めねえんだけどな」

 ぼそっとカイトがこぼす。しかし消耗しているのか、反対はせずに木陰に入ってしまった。強がってはいるが、魔法主体の戦い方で精神的な疲れが大きいのだろう。加えてこの炎天下だ。余計に体力も消費してしまう。

 私も皆に習って木陰に入った。涼しい風が吹き、熱気が和らぐ。街路樹にもたれかかって、ぼうっと空を仰いだ。雲一つない晴天が、どこまでも広がっている。日差しはじりじりと強く、これじゃあ疲れちゃうな、などと考えたりした。


 強い風が吹き付ける。何気なしに顔を上げて、私は異変に気付いた。風上側が、白いもやのような何かで覆われている。それは風に乗ってこちらにぐんぐん近づいてくる。すぐに私たちを包み、視界が白に奪われた。

「霧…?」

 視界が覆われていて、数歩先も見えない。それだけならただの霧のようだ。でも今は昼間で気温も高く、辺りは乾燥していて霧が出るような気候じゃない。それに、肌に触れる嫌な感じは湿気とは違う。吐き気を催すような嫌悪感と圧迫感。心を逆なでされ不安を煽られるような、そんな気持ち悪さがある。この感覚は――

「ちっ、ついてねえな。魔力の"霧"に出くわすなんて」

 カイトが忌々しげに舌を打ち鳴らした。それを聞いたアッグが怪訝そうな顔で振り向く。

「どういうことッスか?」

「魔力が凝集して、見えるほどまでに集まっているのがこの"霧"なんですよ」

 つまり、今私たちを取り囲む"霧"は、大気中の魔力なのだ。魔法を使うときに意識をめぐらせているのと同じもの。だが、濃い。普段は見えない物が視界を遮っているのだから、相当な濃度だ。

 魔力は、毒だ。これだけの濃さの中にいると、体が拒否反応を起こしてしまう。頭が揺さぶられるように痛い。体中の毛は逆立ち、冷や汗が背中を伝う。一刻も早く、この霧から抜け出したかった。

「どうするの?」

 私は仲間達の顔を見やった。いくらか疲弊した顔のミシュエルが、ため息を吐く。

「このまま通り過ぎてくれればいいんですが、先ほどから濃くなる一方ですね……」

「行こうぜ。待ってても仕方がない」

 カイトは立ち上がった。彼もつらいらしく、顔色が優れない。逃げるようにずんずんと道を歩き始める。私たちもそれを追いかけ、視界の悪い中を進んだ。


 しばらく進んでも、いっこうに霧は晴れてくれなかった。霧に遭ってからずいぶんと歩いた気がする。ざわざわとしたこの嫌悪感から早く逃れたい。頭痛から解放されたい。なのに、今だ"霧"は私たちを蝕んでくる。もしかして、体調不良の弱気と視界の悪さで時間の流れが実際よりも遅いのだろうか。そう考えると余計気が滅入る。こんな状態で魔物にでも襲われたらたまったもんじゃない。不意打ちの可能性も高いし、十分に警戒しないと。

 視界の端で、影が動いた。反射的に振り向くと、ドリルのような頭の魔物が飛び上がっていた。その先にいたのは――

「アッグ、危ない!」

「え……どわっ!」

 金属のこすれる嫌な音がして、魔物がアッグに激突した。幸い鎧の固い部分だったから、アッグはよろけただけで怪我はしなかった。私は剣を抜いて構える。尖った頭の盲目の魔物が5体、こちらを狙っている。一体ずつ相手にするのは面倒だ。魔法で一気に片をつけよう。

 私は荒ぶる風を頭の中で思い浮かべた。風が相手を切り刻むイメージも浮かべる。と、不意に私の周りに風が巻き起こった。意図せぬ具現化に呆然としている間に、イメージ通りに魔物が切り刻まれる。小さな魔石が落ちても、私は現実味を取り戻せなかった。

 だって私、魔法使ってない。使おうとはしてたけど、意識と魔力を結びつける段階まで達してなかったはずだ。だから、さっき巻き起こった風刃は勝手に生じたものだ。ただ、自然に発生したにしては意図的な挙動をした。今のは一体何だったんだろう。……ダメだ、考えてたら頭が痛くなってきた。氷塊を押し当てたいくらいガンガン鳴る。

「あたっ」

 突然頭に何か固い物が降ってきた。見れば、不定型な透明の固まりが足下に転がっている。拾い上げると冷たかった。どうしよう、これ氷だ。氷で冷やすところを思い浮かべたら本当に現れちゃった。氷を持ったまま立ち尽くす私を見て、ミシュエルが深々とため息を吐いた。

「デュライア、この"霧"の中では無心になってください。でないと魔法が制限無く現れます」

「そういうことは先に言おうよ!?」

 私は思わず叫んでしまった。知ってたらもっと気をつけたのに。いや、私が浅慮なのも悪いけれど。ちょっと意識しただけで具現化し、魔法が暴走する。"霧"の中はなんて危険な空間だろう。体にも悪いし、とっとと抜けなきゃ。そのためには無心に、無心に――

 私は大きく深呼吸した。余計なことは考えない。お腹がぎりぎりと痛む。それも無視だ。不安も心の隅に追いやり、ただ平静を保つ。……ごめん、やっぱり無理。体中が痛いし気持ち悪い。こんな状態で無心になるのは難しかった。



 願いが通じたのかたまたまなのか。やがて霧は晴れ、視界に明るさが戻ってきた。押しつぶされるような重圧も、かき乱されるような気持ち悪さも消えている。大きく息を吐くと、緊張から解放される気がした。息を整え背筋を伸ばす。顔を上げると、前にいたカイトの体がぐらりと傾いた。カイトは転倒こそ免れたが、その場にぺたりと座りこんでしまう。

「カイト!?」

 私は慌てて彼に駆け寄った。カイトは苦しそうに肩を上下させており、大粒の汗を掻いている。私はそっと彼の頬に触れてみた。汗ばんだ肌は熱を帯びている。これは相当マズイ状態ではないだろうか。

 私はかがみ込み、自分の肩にカイトの腕をかけた。体調を崩した彼を動かすのは気が引けるが、この炎天下の中に晒しておく訳にもいかない。せめて日陰に連れて行かないと。そう思ったのだけれど、私の力では彼を支えたまま立ち上がることはできなかった。

 私は後ろにいる二人を見やる。ミシュエルは苦しげに口元を抑え、長い耳もわずかに下がっている。そんな状態で肩を貸してもらうのは酷だ。一方でアッグは呼吸は整えていたが、十分元気に見えた。オレンジ色の瞳が心配そうにこちらを見つめている。

「アッグ、肩貸してくれる?」

 私が声をかけると、彼はもちろんッスとカイトを支えた。身長はアッグの方がカイトより低いが、そんなことはお構いなしに持ち上げてしまう。

 ひとまずカイトは木陰に移動させ、水筒の水を飲ませた。それだけでは顔色は良くならない。どうしようかと腕を組んでいると、上から声が降ってきた。

「おそらく、先ほどの魔力にあてられたのでしょう。もう少し行けば町が見えるはずです。急いで医者に診せた方がいい」

「わかった。ミシュエルは、自分で歩けそう?」

 万全ではないようだったが、ミシュエルは頷き、自分の足で立ち上がった。アッグはカイトを担ぎ、力強く街道を歩き始める。少しでも楽になるようにと、私はカイトの傘で日陰を作りながら歩いた。

 本編とは全く関係ありませんが、章立てを変更しました。

理由はミストラル編の文量が予想より多くなったからです。

なので今まで5章-13としていた話を6章-1とし、ミストラル共和国に入った辺りからの話を新たに6章として分けました。

 混乱させてしまったらごめんなさい。こういうことはこれ以上ないようにします。

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