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マイペース☆ファンタジー  作者: 風白狼
5章 東国への旅路
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9.すべきことは

 小さな窓から差し込む朝日に私は目を覚ました。静けさに違和感を覚えながら、数回瞬きする。そうだ、今日は一人部屋なんだった。道理でいつもより静かな訳だ。私は体を起こし、あくびする。カバンから着替えを取り出し、寝間着を脱ぐ。手早く服を着たところで、まだまぶたが重いことに気付いた。手桶に水を溜め、ばしゃりと冷たい水で顔を洗う。タオルで水気を拭き取って、備え付けられた鏡を見た。大丈夫、いつもの顔だ。目元も腫れていない。ほっと息を吐き出し、朝食が用意されるという部屋へ向かった。

「デュライア、おはようッス!」

「おはよう、アッグ。それにみんなも」

 部屋にはアッグ、カイト、ミシュエルが座って待っていた。アッグは大きな口を開けて笑う。

「元気そうッスね。良かったッス」

 彼の言葉に、私は苦笑を返した。夕食の場に来なかったのだから心配されていたのだろう。乗じてカイトも軽口をこぼす。

「ったく、部屋に入ってすぐ眠るほど疲れてたんなら無茶しなけりゃよかったのに」

 私は耳を疑った。思わずミシュエルを見やる。彼はこちらに視線をよこし、いたずらっぽく微笑んだ。どうやら昨日泣いたことは言っていないらしい。恥ずかしいから、教えてないことはありがたい。気を遣ってくれたことに感謝して、少しだけ微笑んだ。何事も無かったかのように席に着き、朝食を見る。

 表面がかりっとした揚げパン、スパイスを振りかけた肉の燻製、薄橙色のポタージュ、そしてみずみずしい果物。飲み物としてミルクが添えられ、彩りもいい料理が並んでいる。私は燻製にされた肉を口に入れた。独特の香りとピリリとしたスパイスの味が口の中に広がる。歯切れが良く、ほどよい脂があふれてくる。それを飲み下し、私はポタージュを口に含んだ。とろとろに煮込まれたそれはほのかに甘い。ほう、と息がこぼれる。パンを浸して食べれば、また違ったおいしさがあった。赤い果物はしゃくしゃくと歯ごたえがあり、スイカに似ている。甘さは控えめだが、喉を潤すのに十分すぎるほど水分が含まれていた。昨夜夕食を抜いたこともあって、お腹がすいていたらしい。私は盛られた料理を綺麗に平らげてしまった。

 朝食を食べ終えたら、部屋に戻って荷物をまとめる。宿を出て、外でみんなと合流した。

 街は昨日までよりずいぶん活気があるように見えた。あちこちから客引きの声が飛び、行き交う人々の顔にも笑顔がある。領主の一件でここまで変わるのかと、私は感嘆していた。何となく商品の値札を見ると、昨日よりもかなり安くなっていた。

「値下げしたんですか?」

 私は露店を出していた山羊族の人に尋ねた。店の人は白い毛に覆われた顔を横に振った。

「いんや、急に領主が処刑されたから、別の人が来るまで免税だそうだ」

 税率などは本来なら新たに決め直すべきだが、今はまだ調整中のようだ。免税になっているのはトラブルを避けるためなのだろう。

「上はずいぶんと混乱してるみたいだな」

「おかげさまで、同じものを安く売ることができます」

 カイトの嫌味を受け流して、店の人は言う。なんともポジティブな捉え方だ。こういう人なら、ごたごたの中でも生きられるだろう。この街はこれから変わる。それがどうなるのかまでは、私のすべきことではない。どうか良き方向に進んでくれるようにと祈りながら、私達はマミネの街を出発した。





 乾いた風が砂を巻き上げる。主要な道路だからか、綺麗にならされていて歩きやすい。私は先頭を行くミシュエルの背中を見上げた。黙々と進んでいた彼の足が、ぴたりと止まる。

「急に止まって、どうしたッス?」

 後ろにいたアッグが怪訝そうに声をかける。ミシュエルはそれには答えず、前方を注視していた。その視線を追って、私はどうして彼が止まったのかを理解した。街道とその周りに、いくつかの穴が空いていたのだ。私の頭ほどの大きさに削られた穴は、前にも見たことがある。確かレギオンという魔物の巣穴だったはずだ。風で埋まった形跡がほとんどなく、どうやら新しくできたものらしい。姿は見えないが、近くに潜んでいると考えていいだろう。

「警戒するに越したことはねえな」

 そう言って、カイトは背負っていた傘を手に取った。私も剣の柄に手を掛ける。アッグとミシュエルも自分の武器を構えた。いつ飛び出してきても対処できるよう、慎重に歩みを進める。巣穴の近くを通ろうとしたそのとき、別の気配を感じた。ちらりと辺りをうかがうと、大きな岩が動いていた。いや、あれは岩じゃない。でこぼこが頭や腕のようになっており、土でできた巨人と呼ぶべきだろう。私の視線に気付いたらしいミシュエルが、はっと息を呑んだ。

「あれはサンドゴーレム!?」

 ミシュエルがそう叫んだのとほぼ同時に、大きな腕が振り下ろされた。大地が震え、バランスを崩して転んでしまう。膝をついたとき、奇声とともに大ムカデが飛び出してきた。某ゲームでは地中にいる敵には地震攻撃で大ダメージ、きっとたまらず飛び出してきたのだろう。これで動かなくなってくれればありがたかったが、穴に潜んでいたレギオンは敵意をみなぎらせて向かってきた。

 私は剣を抜き放ち、魔力を集めた。カイトの放った炎の弾が横をかすめ、大ムカデの体を焼き払う。私もそれに倣い、魔法弾を飛ばして敵を魔石へと変えていく。アッグは斧を振るい、相手の体を真っ二つにした。残ったレギオンが飛びかかってくる。迎え撃つべく構えた刹那、またも地面が揺れた。経っていられないほどの衝撃に体勢を崩してしまう。間近に鋭い二本の牙が迫る。咄嗟に腕で頭を守った。左腕にぐさりと痛みが刺さる。殺気だった瞳が、目の前にあった。ぞくりと恐怖が背中を滑り落ち、私は剣をその目に突き立てていた。だが食い込んだ牙は外れない。柄を握る力を強くし、無理矢理押しこんだ。深く突き刺さる感触のあと、硬い体が切り裂かれる。直後レギオンは魔石と化し、私の腕は解放された。開いた傷から血が流れる。手当てする間もなく、大きな牙が迫った。

障壁(ウォール)!』

 目の前で土が盛り上がり、文字通りの障壁となって攻撃を阻む。視界の端に舌打ちするカイトの顔が映った。私は少しだけ彼にほほえみかけてから、傷に治癒魔法をかけた。立ち上がって戦況を確認する。ミシュエルとアッグがサンドゴーレムに向かっているのが見えた。彼ら二人に、数体のレギオンが襲いかかる。

「邪魔ッスよ!」

 勢いよく振るわれた斧が、細長い体を両断した。切り裂かれた肉体はぼとりと落ちて動かなくなる。そのわきを、ミシュエルが駆け抜けた。高い位置から剣が振り下ろされる。まっすぐな刀身は袈裟切りに腕と頭を切り落とした。離れた部分が砂となって崩れる。その切り口に、真っ赤な宝石が顔を出していた。

「何か出てきた?」

「あれはサンドゴーレムのコアだ。コアを壊さない限り、奴は何度でも形を取り戻す」

 私の問いにカイトが答えた。彼の言葉通り、崩れた部分が元の形に戻りかけている。ミシュエル持つ剣の切っ先がコアめがけて突き出される。だが、砂はどんどんと形を取り戻していってしまう。私は溜めていた魔力を放った。意思と結びつき、水球となって辺りを濡らす。からりとした風が吹き、水気はすぐに乾いてしまった。だが、それでいい。一度濡れた砂が固まり、再生が遅くなったのだ。剥き出しの心臓に剣が突き刺さる。真っ赤な宝玉は粉々に砕け散った。と同時に、ゴーレムの体も砂と化す。レギオンはカイトとアッグが片付けていて、もう敵はいなかった。

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