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マイペース☆ファンタジー  作者: 風白狼
5章 東国への旅路
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6.悪徳領主が治める土地

 マミネ。魔石が産出する鉱山の麓にあり、貿易により栄えた都市である。さらには主要都市であるギルダリアとイサラスを結ぶ街道の途中にあり、訪れる旅人も多い。だが最近、旅人から高い税金を取っているという噂が流れている。その街の城壁が、私達の目の前にそびえていた。

「どうするんスか?」

「どうったって、なあ……」

 アッグの問いに、カイトは渋顔で答える。困ったようにミシュエルを見やっていたが、彼も答えを決めかねているようだった。

 街の中に入るのは、できれば避けたい。だが日はかなり昇っていてそろそろ休みたい時間だ。適当な岩陰でもいいが、ふかふかの布団はやっぱり捨てがたい。それに街の中がどうなっているのかも興味がある。第一、こんな街の目の前でじっと突っ立っているだけというのは不審に思われるだろう。ここまで来ちゃったし、腹をくくるしかないのかも。

「行こう。もういっそ、街の中へ入っちゃおうよ」

 私の言葉に、皆が振り向いた。真意を確かめるように瞳をのぞき込んでくる。私は彼らの目を真っ直ぐ見つめ返した。ここへ来てしまったのは、何かの運命なのかもしれない。出費は手痛いけれど、そこはぐっと我慢しよう。多分、どうにかなるよ、きっと。




「入城料が一人当たり2オウルだなんて、高いなんてもんじゃないぞ」

 ブツブツとカイトがこぼす。そう、街へ入ろうとしたときに私達はやたらと高いお金を払わされてしまったのだ。カイトだけでなく、アッグやミシュエルもこれには顔をしかめている。

 入城料を払うこと自体はこれまでにもあった。だが、問題はその金額だ。数字だけではぴんとこないかもしれないが、金貨(オウル)はこの世界の通貨では最高単位であり、庶民がお目にかかることはまずない。ものによるが、魔物討伐の報酬としてもらえるのは数オウルであることがほとんど。今回の場合、四人なら8オウル必要となる。つまり、それだけで赤字になってしまうのだ。

 しかもそれだけで終わらなかった。買い物をするにも、公共施設を利用するのも、宿屋に泊まるにも、全て税金を支払わなければならないのだ。商品の値段よりも税金の方が圧倒的に高い。皆それがこの街の規則だと言い、懇願も聞き入れてくれない。領主が変わったからと聞いていたが、予想以上にひどい有様だった。これなら迂回した方がずっとマシだと言われてしまうのも無理はないだろう。

「さて、どうしたものですかね」

 ミシュエルが諦めにも似たため息をついた。このまま炎天下の中をいつまでもうろついている訳にはいかない。けれど、利用できる休憩場所はどこも高い税金がかけられている。適当な木陰でもあればいいのだが、それすらも見当たらなかった。

「ちょっと、そこの旅人方」

 ふいに横から控えめな声をかけられた。声のする方をみれば、オーク族の女性が裏通りからちょいちょいと手招きしている。どうしたのかと近づいていくと、すぐ建物の中に入るように言われる。困惑する時間すら与えず、オークの人は私達を建物に押し込んでしまった。彼女は用心深く辺りを見回してから扉を閉める。そして、ふっと優しい顔になった。

「大丈夫だったかい?」

「何が『大丈夫だったかい?』だ。無理矢理ここに入れたやつの言う台詞じゃねえだろ」

 オーク族の女性の言葉に、すぐさまカイトがくってかかった。怒りの視線に、相手は申し訳なさそうに三角の鼻を動かす。

「すまないねえ、ちょっと事情を話している暇がなかったもんだから。ともかく、お掛けよ。今から話すから」

 そう言って、長いすを指さした。私達は言われたとおりそこに座った。カイトだけは何が気に入らないのか立ったままだったが。

「それで、何故我々をここに入れたのです?」

 ミシュエルが穏やかな声で尋ねた。女性は大きな口から牙を覗かせて笑う。

「あんた方、休むところに困っていたんだろう? なんにもないけど、今日はうちで休んでいきなよ。お金はいらないから」

「いいんですか!?」「いいんスか!?」

 思わぬ提案に、私とアッグはほぼ同時に叫んでしまった。もちろんと笑った後で、オークの人は大きな瞳に憂いの光を見せた。

「旅人は何かと税金を取られることになっちゃったからねえ。宿も見つけられずに難儀するだろうと思ってね」

 放っておけなかったのだと、彼女は言う。私は深々と頭を下げた。好意で止めてもらえるなんて、感謝してもしきれない。コトリと飲み物の入ったカップが私達の前に置かれる。それを一瞥し、カイトは目を細めて女性を見やる。

「俺たちなんて助けていいのかよ。政府にでもとっ捕まるんじゃねえの?」

 カイトは試すような言い方をした。真意を探るように注意深く視線を向けている。事実、彼女を試しているのだろう。私達を泊めてくれるのは親切な行為だが、同時に私達の脱税を助けるという側面も持っている。税率自体が悪徳とはいえ、バレれば罪に問われる。隠れるように行動していたところからして、そのことは承知しているのだろう。ならば何故、危険を冒してまで助けてくれるのか。オークの女性は言葉を選んでいるのか、口をもぐもぐさせていた。やがてカイトを真っ直ぐ見つめ返す。

「私はね、今の領主に従うつもりはないんだよ。旅人からお金を取ることしか考えてなくて、街の方はなおざりなんだから」

 女性の言葉の端々から、領主に対する怒りが感じられた。その上力説するように声も高く、鼻息も荒い。そこへ、ガチャリとドアを開ける音が入ってきた。

「あの領主、自分の私腹を肥やすことしか頭にないんだろうなあ。変わったことと言えば税率くらいなもんだ」

 そう言いながら、オーク族の男性が手近なソファに腰掛ける。男性は私達を招き入れた女性と夫婦のようだ。二人とも今の領主に不満を抱いているらしい。どんな人物なのかわからないが、このままでいいとは思えない。しかし、私に何ができるだろう。一介の旅人が、この街の決まりを変えることなんて――


 そう思っていたときだった。乱暴なノックの音が外から聞こえくる。来客が何者なのか、二人にはわかったらしい。オークの女性は私達を物陰に隠し、それを確認して男性が出て行った。物陰にいるため相手の姿は見えないが、声は聞こえてくる。私は息を殺し、耳をそばだてた。

「何用でしょうか」

 この家の主であるオークの人が尋ねた。わずかに怯えを含む、警戒の声色だ。それに答えるのは来客であろう、低い声。

「この辺りに旅人が来ているとの情報があった。知っていることを話せ」

 威圧するかのごとく、もったいぶった口調だ。鎧を着ているのか、わずかに金属同士がこすれる音が聞こえてくる。

「しかし私は先ほど帰ってきたばかりでして、旅人の姿は見かけておりません」

 オークの男性が答えた。穏やかな言葉に、しかし壁を叩く大きな音が返る。

「嘘を言うな! 隠してもためにならんぞ!」

 来客の声は荒くなった。姿が見えていない私も驚いてしまうほど、大きくて厳しい。

「付近で人族(ひとぞく)やエルフ族を見かけたという証言もある! 貴様らがかくまっているのだろう!」

「ちょっと、何するんだい!」

 足音が入ってきそうになり、夫婦の女性の方が悲鳴を上げた。足音の方は止まったが、代わりに不愉快そうな声が聞こえてくる。

「何を隠している」

「何もありゃしないよ。さあ、出てってくんな」

 オークの女性は豪気な声を出し、やってきた人を追い出そうとする。だが、金属の音は遠くに行かない。刹那、革の鳴る鋭い音が響いた。鞭で何かを叩いた音。私の体に戦慄が走る。こらえきれず、私は隙間からこっそりのぞき見た。

「逆らうならこのまま連れて行く」

 青い鱗のリザードの人が片手で女性の腕を掴み挙げていた。もう片方の手には細長くしなやかな棒を持ち、睨みを利かせている。ごつい顔と堅固な鎧がいっそう恐怖を煽る。あの棒状の物でぶたれたのだろう、オークの女性の頬はわずかに赤く晴れていた。

「何ッスか、あいつ……」

「アッグ、静かにしてないと見つかりますよ」

 小声でアッグは毒づき、それをミシュエルがたしなめる。アッグの言うようにいけ好かない相手ではある。けれど、どうすればいいのか。このまま見ていても嵐は過ぎる。だが、事態は好転しないだろう。私は腰につけた剣の柄を強く握りしめた。大きく息を吸い込む。鎧を着た来客が手にした棒を振り上げた瞬間、私は剣を抜き放った。素速く飛び出し、魔法を放つ。弱い衝撃波が鞭のような棒をはじき飛ばした。

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