5.襲撃から逃げて
翌日、まだ日も昇りきらないうちに目を覚ます。簡単に朝食を取り、休憩所を出発する。外に出ると、冷たい空気が肌に張り付いた。吐き出す息も白い。そんな中、私達は足場の悪い道を無言のまま歩いてゆく。
「こんな道ばっかりッスね」
ため息混じりにアッグが呟いた。その言葉に、ミシュエルが苦笑しながら答える。
「仕方ありませんよ。主要な道の通るマミネを迂回しているのですから」
通る人の少ない道は、必然的に荒れたままになりやすいのだと、ミシュエルは付け加えた。『マミネの街では旅人は法外な税金を取られる』という情報を得て、現在私達は迂回路をとっている。迂回すれば距離が長くなる上に道も悪いのだが、街に入ってしまうとなんだかんだで出費がかさんでしまうらしい。だから、体力で乗り越えることになった。アッグもそれはわかっているので、それ以上文句は言わなかった。
歩いているうちに日は昇り、日差しは徐々に強くなっていく。そのとき、何かの声が聞こえた気がして、私は空を見上げた。雲一つない晴天に現れる、一つの影。高度があるためよく見えないが、シルエットは鳥の姿をしていた。
「なんだ、ありゃ?」
私の視線を追っていたらしいカイトが言う。ミシュエルやアッグも見上げていたが、影の正体はわからないようだった。ただの動物なのか魔物なのか。敵意があるのかどうか。訝しげに見つめている間に、心なしか影が大きくなったようにも見えた。いや、実際こちらに近づいてきている。旋回しながら少しずつ高度を下げているのだ。それにつれてはっきりと見えてくる姿に、私は思わず息を呑んだ。
影の正体は、燃えさかる翼を持つ巨大な鳥だった。大きさは私の身長の三倍以上はあるだろう。人一人なら掴んで軽々飛んで行ってしまいそうなほどだ。フェニックスを思わせる真っ赤な翼は、悠然と羽ばたいていて美しい。
だが、見とれている場合ではなかった。炎の鳥は、突如急降下してきたのだ。鋭いくちばしと爪が襲いかかってくる。私達は咄嗟に伏せた。自分の上を、灼熱の炎が通り過ぎる。
「な、何なんッスか、あれ!」
「オレにもわからねえよ!?」
顔を上げたアッグが悲鳴を上げた。カイトもミシュエルも、顔に困惑の色を浮かべている。あの鳥がなんなのか、二人にもわからないのだろう。ただ一つわかるのは、私達に対し敵意があるということだけ。
巨鳥は向きを変え、またもこちらに迫ってくる。私は立ち上がり、剣を抜いた。策がある訳ではなかったが、素手よりマシだ。魔力を集め、頭の中にイメージを思い浮かべる。向かってきたところで、剣を振るう。荒ぶる風が周りの砂を巻き上げて巨鳥を阻んだ。だが、それだけでは不十分だった。炎の鳥はすぐに体勢を整えてしまう。横から舌打ちの音が聞こえた。
『水流よ!』
カイトが叫んだ。彼の持つ傘の先から大量の水が出現する。それは激流となり、炎の鳥を飲み込んだ。怪鳥の奇声が上がる。炎の魔物には水。セオリー通りの弱点のはずだった。が、仕留めたかに見えた次の瞬間、視界が白くなった。しゅわっという音と共に、熱波が押し寄せる。視界を奪ったのは、湯気。水魔法が巨鳥の炎によって蒸発したのだ。ダメージは与えたはずだが、鳥の熱気はさらに増している気がする。もしかしたら、ただ怒らせてしまっただけかもしれない。再び炎の鳥は突進してくる。それを横っ飛びに避け、私は思考をめぐらせた。
相手は飛んでいる。武器による近接攻撃は難しいだろう。魔法が使えないアッグならなおさらだ。手段としては魔法による遠隔攻撃になる。が、水も弾かれてしまった以上、弱点の見当がつかない。ここは力押しするしかなさそうだ。
私は剣に魔力を溜めた。発動させる間に、カイトが何発か魔法弾を放つのが見える。衝撃に巨鳥の体勢が崩れる。その隙を見逃さず、私は剣を振った。剣圧を魔法で増幅し、刃に変えて飛ばす。一撃だけでなく、二回、三回と振るう。風の刃は炎の鳥の体を斬った。巨大なその体から血しぶきが飛ぶ。だが、巨体は両断することはできなかった。それどころか、致命傷にすら至らない。せいぜいかすり傷がついただけらしい。その傷も、みるみるうちにふさがっていく。これは相当マズイ状況かも――?
傷の癒えた鳥は、一際大きく鳴いた。甲高い声が吹き付ける風の中ではっきりと響く。ばさりと大きく羽ばたいて、またもくちばしが迫ってくる。
『障壁よ、現れろ』
ミシュエルが唱えた。私達と鳥との間に、見えない壁が現れる。巨鳥は短い悲鳴を上げ、壁にぶつかった。
「とにかく、今は逃げましょう」
ミシュエルの提案に、皆が頷いた。まともに戦って、勝てる相手ではない。ひるんでいる隙に、相手の視界から外れてしまう方がいいだろう。
踵を返し、足場の悪い道を急ぎ足で駆けていく。相手は鳥だ。単に距離をとるのではなく、物陰に隠れた方がいい――そんな提案を受け、隠れられそうな場所を探しながら逃げた。だが、人が隠れられそうなほど大きな岩陰は見当たらない。休憩所も遠かったらしく、すぐには見つけられなかった。でこぼこした道にもたつく間に、炎の鳥の羽ばたきが整うのが聞こえた。巨大な影が、私達に覆い被さる。捕まる前に魔法を放ち、よろけた隙に逃げ出す。それを繰り返すうちに、なんとか大きめの洞穴を見つけることができた。こちらを向いていない間に急いで洞穴に入り、身を隠す。じっと息を潜めていると、私達を見失った巨鳥がどこかに飛び去っていくのが見えた。完全に姿が見えなくなってから、ほっと息をつく。
「どうにか撒いたみたいッスね」
洞穴から這い出て、アッグがいう。私もそれに続き、脅威の去った空を見上げた。
「ああ。だが――」
答えるカイトの声は、苦々しげなものだった。どういうことかと、彼の視線を追う。カイトは空ではなく、目の前にある壁を見ていた。その大きな壁は横に長く広がっており、所々に見張りらしき人影もある。おそらく、街を囲む城壁だろう。
「皮肉なものですね。まさか、避けていたはずのマミネについてしまうとは」
ミシュエルの一言で、私はようやく理解した。目の前にそびえる壁は、わざわざ迂回路をとっていたはずの、マミネの街を守る城壁だったのだ。
という訳で、フラグは回収しましたよ?
次回、満月はどうするのか! お楽しみに。




