3.依頼完了とお祈りと
「ミシュエル、デュライア、大丈夫か?」
ボガードの駆除を終えた私たちの元に、カイトとアッグが駆け込んでくる。私とミシュエルは彼らにほほえみかけた。
「問題ない。全て終わったさ」
彼の言葉にカイトは破顔する。アッグは静まりかえった建造物をしみじみと眺めた。
「おお~、片付いたッスね」
「何言ってんだ。当たり前だろ」
アッグの脇腹を、カイトは小突く。先ほどまで緊迫した状況だったというのに、何だか微笑ましくてつい頬が緩んだ。でも、これでイサラスの人は水源を元通り使うことができるのだ。達成感があっていいなと思う。
ふと、ミシュエルがカバンからなにやら箱のような四角いものを取りだしたのが見えた。何だろうと思って見つめていると、一瞬で光が取り付けられた丸い水晶に吸い込まれた。形容しがたい現象だったが、きらきらとした光の粒が水晶に集まっていったのだ。
「あれ、ミシュエルは何してるッスか?」
彼の行動に気付いたらしいアッグが尋ねる。ミシュエルは手に持った四角いそれを確認してから、こちらに向き直る。
「ああ、これですか? 退治の証拠を撮っておこうと思いまして」
「証拠?」
私が尋ねると、ミシュエルは手に持っていたものを私が見える位置まで降ろしてくれた。ミシュエルがなにやら操作すると、先ほど光を吸い込んでいた水晶が光り始めた。驚いている間に光は形を取り、像となって現れる。そこには小さいながらも退治した後の施設の光景が浮かんでいた。要するに、この世界のカメラらしい。地球のものとは、明らかに仕組みが違うんだろうけれど、役割的には同じだろうと思う。ミシュエルはそのカメラで一通り撮影した後、丁寧にカバンにしまっていた。
私たちはイサラスの街に戻り、依頼主に結果報告に行った。役員の山羊族の人に出迎えられて、応接間に案内される。
「それで退治の方はどうなりましたか?」
「遂行しました。こちらをご覧ください」
質問に答えてから、ミシュエルはカメラを取り出す。水晶から光が飛び出し、映像が現れた。役員の人たちはカメラを手に取り、映像を切り替えたりして確認していた。やがて、長いため息と共に役員さんはカメラを返した。
「確かに退治して頂けたようですね。では、約束通り報酬をお渡ししましょう」
そう言って、リザードの人が革袋を持ってくる。袋の中には数枚の金貨が入っていた。依頼の紙に書かれていたのと同額である。というか、その辺きっちりしておかないともめるんだろうなあ、と私はぼんやりと思った。
「今回はありがとうございました。また何かあったらどうぞよろしくお願いします」
そう言って、役員の二人は頭を下げた。私たちもそれに応えて会釈を返す。こうして依頼は完了し、私たちは建物を出た。
からりと乾いた風が吹き抜ける。思わず目をそばめて、視界に映った建物に目をとめた。それは控えめな白壁で囲まれており、細かな装飾が施された円形の建物だった。屋根はドーム状をしており、星座のような細やかな模様が描かれている。その立派な建物に、私は寸の間見とれていた。
「教会に何か用事でもありましたか?」
動かない私を不思議に思ったのか、ミシュエルが私の顔をのぞき込んでくる。私ははっとして、慌てて首を横に振った。
「え、いや、そういうわけじゃないよ。ただ見てただけ」
私が曖昧に笑うと、ミシュエルはなにやら考えるように手を顎に掛けた。
「ふむ……せっかくですし、お祈りしていきますか?」
ふわりと笑顔でそう提案する。それに対する反応は分かれた。
「お祈りッスか! いいッスね!」
「はあ? 別に必要ねえだろ」
賛同するアッグとは対照的に、カイトは目に見えて不機嫌な顔をする。反応からして、カイトは神様を信じてないのかもしれない。私はといえば、信じる信じない以前にこの世界で祭られている神様をあまり知らないんだけれど。でも興味はあるし、お祈りしておいて悪いとは思わない。
「じゃあ、お祈りしていこうかな」
そう呟いて、私は教会へ歩みを進めた。アッグとミシュエルも同調してくれる。ちらとカイトを盗み見ると、彼は小さくため息を吐いていた。
建物の中は薄暗かった。通路の脇にある炎がおぼろげな光を宿すだけである。円形に並べられた椅子は、すべて中央の男性の石像を向いている。石像は明かりに照らされており、像の男性は厳つくも優しい顔をしていた。天井近くの壁もまた明かりがともっており、描かれた壁画が見えるようになっている。神秘的な光景に、私はほうと息を吐いた。
「中央のあの像が、主神・ミコトラスです」
と、ミシュエルが教えてくれる。耳慣れない言葉に、私は彼を見上げた。
「主神?」
「ええ。主神は神々を生み出し、人々に魔法の力を与え、世界を今の形に作り上げた、偉大なる存在なのです」
何も知らない私を馬鹿にすることもなく、ミシュエルは答えてくれた。つまり多神教ではあるけれど神々を束ねる最高神が存在し、その最高神が中央に祭られているミコトラスという神様なのだという。また、壁画は神話の一部を描いているのだと、ミシュエルは言った。巨大な海竜や炎の鳥、土の巨人や悪魔のような異形、描かれたそれらはすべて神々なのだ、と。
「デュライアー、お祈りしないんスか?」
先に進んでいたアッグがこちらを振り返って手招きしていた。私は返事して、そちらに向かう。アッグは像に向き直り、両腕で頭の上に円を描いた。そのまま何かをこねるように手を回し、最後に腕を折りたたんで跪く。
「アッグ、それは商売人式の祈り方ですよ」
「あ、そうだったッス。つい癖で」
ミシュエルがため息混じりに指摘すると、アッグはごまかし笑いを浮かべて頭を掻いた。
「職業ごとに祈り方が違うの?」
私が浮かんだ疑問を投げかけると、ミシュエルはええ、と頷いた。
「主となる願いが違いますから、形式も変わってくるんです。旅人式の祈り方はこうですよ」
言ってから、ミシュエルは右の拳を胸に当てた。左から右上にかけて腕を振り、拳を縦にして掲げる。見上げた姿勢のまま、ミシュエルは片膝を地につけた。そして請うように頭を下げる。その姿勢は、剣を掲げてひれ伏しているようにも見えた。
「さあ、デュライアも」
やがて顔を上げ、ミシュエルは私にほほえみかける。私は頷いて石像の前へ進んだ。
「手を握ってこの形にして、腕を左に――」
「こ、こう?」
見よう見まねで、私はぎこちなく手を動かす。言われたとおり腕を掲げて、片膝をついた。
「このときに、主神に祈りを捧げるんです」
言われて、私は目を閉じた。像がかたどる神へ向けて祈りを捧げる。どうかこの道中、無事に切り抜けられますように――
まぶたの裏に影が映る。私ははっとして、顔を上げた。今、見えない誰かに、呼ばれた気がする。相手が何を言っていたのかは聞き取れなかったけれど、声を聞いた気がしたのだ。
「デュライア?」
私の反応が気になったのか、ミシュエルが不思議そうにのぞき込んでくる。私は微笑みを浮かべて、何でもないと首を振った。ミシュエルは釈然としていないようだったけれど、私自身もよくわかってない。たぶん、さっきのは気のせいだよね。他の人には聞こえていなかったみたいだし。私は立ち上がって、教会を後にした。




