2.一人旅は無謀すぎるよ
一面の新緑を、風がさらさらと渡っていく。目の前にはこの草原以外に何もない。ああ、始まっちゃったよ。私はただそう思うだけだった。
世間知らずな私が見聞を広めるために旅に出たが、提案者であるはずの六厳善は人間嫌いで人里に下りる気配ナシ。彼のごり押しで一人旅となってしまい、魔法で容量を増やしたカバン(地球で言うところのナップサックのようなもの)に食料やらナイフやら必要な物を詰めてきた。
そして今朝、愛用の剣を携えて山を下り、森を抜けたらこの草原。ぶっちゃけ何もない。本当にこの世界に別の人間がいるのだろうかと不安になってしまうほどだ。方角なんてあってもないようなものなので、私はただまっすぐ歩いた。
時折吹き抜ける風が気持ちいい。辺りには野性の動物もいるので、警戒されないように注意して歩いていく。でも、こういう穏やかで気楽な旅もいいなあ。……ずっとは嫌だけど。
そんな事を考えていると、風の中に煙の臭いが混じっている事に気付いた。ここは見ての通りファンタジーチックな世界だから、多分農村とかは薪で炊飯してるのだと思う。それ以外にも人間の生活臭らしきものもわずかにあるから、近くに集落があるに違いない。私は風に向かって歩いた。とりあえず人間に会わないと。私はいつの間にか、足を早く進めていた。
予想通り、川沿いに農村らしき集落が見えた。作物が実り、家畜が飼われ、その周りで暮らす人々。なんて自給的な。こういう生活って、ちょっと憧れる。まあ、今は立ち止まる訳にはいかないけれど。
その村に立ち入ってようやく、私は転生して以来ここがファンタジーな世界であると改めて認識した。確かに私と同じ姿をした人もいるのだけれど、オークとでも呼べそうな豚っぽい人やらネズミ型の人やら、とにかくそういう人間も大勢いた。
「おや、旅人かい? こんな田舎に珍しいねえ」
私が道の真ん中で立ち止まっていたからか、一人のオーク(?)が話しかけてきた。声から判断する限りは女性らしい。あいにく、見慣れていないから見かけでは男女の判断ができない。もちろんこの世界の文化はよく知らないから、服からも判断できない。豚顔の女性は私を興味津々で見ている。私にとってこの風景が物珍しいのと同じように、田舎の人にとって旅人風の格好をした私は珍しいのだ。そういうところはどこの世界でも同じなんだなあ。
「ええ。私、最近旅立ったばかりなんです」
ていうか今朝旅立ったんだけどね! とは言わずに笑いかけてみせた。私も転生前はれっきとした日本人ですから。明らかに疑われるような発言は慎むというものですよ。しかし嘘のないように言葉を選んでも、不思議そうな視線は和らがない。まあ、警戒されていないだけマシかな? 親切そうに話しかけてくれたんだから、ちょっとだけ話そうかな。この世界の基本情報も知りたいし。
そんな風に思っていると、辺りが急に騒がしくなった。なにやら物騒な物を手にした男達(中には男女の見分けのつかない人もいるのだけれど)が、畑に向かって走り出していた。
原因はすぐに分かった。村の畑に、巨大な芋虫が大量発生していたのだ。大きな口でもって作物をバリバリやっている。奴らは人ならざる怪物――いわゆる、“魔物”だ。こういう実戦はあまりした事がないけれど、仕方がない。
私は女性に手を振ってから、腰につけた剣を抜き放った。白銀の刀身が陽光の中で煌めく。私は芋虫型の魔物に次々と斬りかかった。見かけ通り大したことのない相手なので、一振りで敵は崩れ、消滅していく。驚いて私を見ているだけの村人をよそに、私は人ならざる軍勢を全て霧散させていた。私は剣を収めると、紫色に輝く水晶を拾い上げた。
まだ見たことのないこの世界では、魔法が主流である。人間は体内ではなく、大気に満ちた魔力を使って魔法を放つのだ。つまり、大気には多かれ少なかれ魔力と呼ばれうる物が含まれている。その魔力が高濃度に凝縮し、そこに負の感情が結びついて具現化したのが魔物である。魔力と負の感情を切り離せば、魔物は姿を維持できなくなり、消滅する。そうして残った魔力が、今私が拾い上げた石――魔石へと姿を変える。今回は小物だったから、一つ一つの魔石はとても小さい。私はそれらを全て拾い上げた。
何故拾うのかって? それはおいおい説明するとして、簡単に言えばこれを使って魔法を放つことができるから。持っていて損はない。
私が拾い終わって顔を上げると、そこには(多分)歓喜に満ちた村人の顔があった。そのままお祭りムードの勢いに押されて、公民館のような建物に案内された。
「嬢ちゃん、旅人か? こんな片田舎に珍しいが……」
「ええ、まあ。最近旅立ったばかりですけど」
「それにしても強ぇなあ! 何か習ってたのか?」
「えっと、親に稽古をつけてもらいました」
その他、なんか色々と質問攻めにあう始末。とりあえず、全ての質問にそれなりに答えておいた。ちなみに言い忘れていたが、私は見た目は十五、六歳の少女である。精神年齢云々は置いといて。
そうしている間に、宴会でも始まりそうなほど豪勢な料理が運ばれてくる。いくら旅人が珍しいからって、私みたいな人に差し出しちゃっていいのかなあ? でもせっかく歓迎されておいて無下にするのはもったいないので、私は好意に甘えてごちそうを頂く事にした。
序盤は主人公ハイテンションです
基本、主人公が解説を入れる訳ですが…なにぶん世間知らずなので所々伏線が混じっています。