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マイペース☆ファンタジー  作者: 風白狼
4章 砂漠の道訪ねて
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12.放浪の民

 眼前に広がる光景に、私は目を疑った。岩と砂ばかりで生き物の気配がほとんど感じられなかったこの砂漠に、突如緑鮮やかな草原が現れたのだ。背の低い草たちは茎を張り巡らせ、色とりどりの花を懸命に咲かせている。


「数日前に雨が降ったみたいだな」


 命の色を見て、カイトが言う。それを聞いたアッグは目を丸くした。


「砂漠でも雨って降るッスか!?」

「ごく稀に、な」


 平然としているカイトに、アッグは心底感動したように息を吐いた。ここにいる草花たちは種の姿で乾燥を耐え抜き、たまに降る雨で一斉に芽吹いて花を咲かせ、子孫を残すのだという。なんともたくましい生き方だと思う。

 ふと、草の影に動く物を見つけた。それはイグアナに似た、小さな動物だった。生えてきた草を美味しそうに食んでいる。また、花に潜り込む小さな蜂のような虫も見かけた。植物にとって雨は、貴重で無くてはならないものだ。それと同時に、彼らのような動物たちにとっても、雨は食料にありつける重要な機会なのだろう。偶然見つけた命の営みに、私は胸の奥が熱くなるのを感じていた。


「デュライア、アッグ」


 名を呼ばれて、私は顔を上げた。見れば、カイトがこっちへ来いと手招きしてい

る。言うとおりに近寄ってみると、そこにはわずかに水がたまっていた。


「やった! 水ッス!」

「ああ、運がいいな。まだ残ってるとは」


 私もアッグも、小さな水たまりで乾いた喉を潤した。日差しのためにぬるかったけれど、今はそんなことどうでもいい。そしていったん煮沸してから、水筒に汲んだ。ちなみにカイト曰く、このような水たまりは強い日差しのためあっという間にひからびてしまうらしい。今回のように私たちが見つけられたのは、本当に運が良かったのだろう。これでいくらか水も安心できる。私たちは少しだけ涼んで、その場を後にした。







 だんだん日も昇ってきた頃、私たちはぽつぽつと立ち並ぶ奇妙なものを見つけた。人が数人入るくらいのドーム状のもので、近くには毛深い動物が何匹も居た。もちろん、人の影もある。殺風景な砂漠に、突如村が現れたかのようだった。


「おや、旅人ですか」


 近づいていくと、パイプを咥えた山羊族の人が声をかけてきた。特に隠す必要も無いので、私たちは彼の問いを素直に肯定する。カイトは慣れた感じで前に進み出た。


「俺たちは見ての通り旅人です。それで、よければ日の出ている間だけ、一緒に休ませてもらえませんか?」


 彼がそう言ったことを、私は内心驚いていた。腰掛けていた山羊族の人は少し思案していたが、やがてこちらに向き直った。


「……なんのお構いもできませんが」


 そう言って、あの奇妙な建物の中に案内してくれる。ただ、声からするにあまり乗り気じゃないみたいだけど。

 中に入ると、先ほどの人の家族が迎えてくれた。子供たちなどは興味津々で私たちの元へ駆け寄ってくる。中は日差しが当たらないこともあって、いくらか涼しい。それだけでも十分ありがたかった。

 私はぐるりとドーム状の建物の中を見回した。それは家というよりはテントというか、簡単に組み立てられた小屋、という印象を受ける。フェルトのように動物の毛を固めただけの布を貼り合わせ、それを紐と柱で固定して作られた小屋。他の街のように煉瓦でがっしりと組まれた家と比べると、明らかに簡素で壊れやすいように見える。


「あの、ここは…?」


 気付けば、私はそう尋ねていた。気になってしまって、どうしても聞きたかったのだ。地図盤にもここに村落があるとは書かれていない。私の要領を得ない問いに、奥にいた山羊族の女性がくすくすと笑った。


「ここはね、私たちの仮住まいなの」

「仮住まい……ですか?」


 確かに“仮”と言える作りだが、私は訳が分からなくなってオウム返しに尋ねる。私の反応を予想していたのか、彼女は柔らかく微笑んだ。


「ええ。私たちは遊牧民なのよ」


 曰く、バーセルという動物を飼いながら、彼らのえさとなる草地を求めて移動する人々なのだそうだ。乾燥して草木がほとんど無い環境だからこそ生まれた、独特な生き方だろう。移動を主体とするからこそ、住まいはこのように組み立ても取り壊しも簡単にできるようになっている。


「草地を求めてって……そう簡単にいくッスか?」

「簡単ではありませんが――空の雲を見、風を読んで雨の降ったところを探すんです」


 アッグの問いに、山羊族の女性は馬鹿にするでもなく答えてくれる。そのやりとりを見ていたカイトが口を挟んだ。


「今の俺たちみたいに、すれ違った旅人から情報を得るって手もあるだろうがな」


 そう言って、カイトは意味ありげな視線を女性に向ける。そのせいか、彼の言葉は単に説明を加えただけというようには聞こえなかった。そのことに向こうも気付いたのか、細長い目をさらに細めた。


「……あなたは、お持ちなのですね?」


 尋ねたというより、確認したというような口調。言葉にはしていなかったが、会話は成立している。そう感じた。ただアッグだけは取り残されているようで、ぽかんとしたまま疑問符を浮かべていたが。カイトは女性の言葉に頷き、もっともらしく言う。


「ここに来る途中、水場を見つけた。水たまりもあったから、まだ新しいだろう」


 小屋の中に静寂が流れる。やがて、ふっとその空気が和らいだ。


「そうですか。有益な情報、ありがとうございます」


 山羊族の女性は微笑んでそう言った。そしてつと立ち上がると、棚からなにやら包みとビンを取りだした。ビンには乳白色の液体が入れられており、女性はカップに3人分注いでくれる。そして包みの中には白っぽい塊が入っており、これも切り分けてくれた。


「お疲れでしょう? バーゼルのミルクとチーズです。どうぞお召し上がりください」

「え? い、いいんですか?」


 思わぬ提案に、私はうろたえる。外にいた男性だって、私たちが来るのをあまり喜んでいなかったように見えたのに。そんな私を見て、山羊族の女性は笑う。


「ええ、どうぞ。……こんな物しかなくて申し訳ないのですが」

「じゃあ、お言葉に甘えて……」

「俺も頂くッスー!」


 私たちは用意してくれたミルクとチーズを手に取った。私はミルクを一口飲んだ。バーゼルから取られたというそれは、牛乳とはまた違う、独特の味わいがある。チーズの方は水気が少ないが口に入れてみると柔らかくなった。ほどよい酸味が自然で素朴な甘みを引き立てている。食事と言うよりはおやつというような簡単なものだったが、私は贅沢をしているような気分であった。



 日が少し傾いてきた頃。金属製のバケツをからからと運ぶ。それを待っていた山羊族の女性二人の元へ置いた。彼女らのそばには毛深い動物――バーゼルがいる。


「ありがとう、旅人さん」


 女性のうち、背の高い姉の方がにこりと微笑んでくる。彼女は前掛けをして腕まくりをいている。もう一人、妹の方は面白そうにこちらをのぞき込んできた。


「あなたも物好きね。バーゼルの乳搾りの手伝いをしたいなんて」

「いえ、ただじっとご厚意に甘えている訳にはいきませんから」


 バケツを置いて、私も腕まくりをする。情報との交換条件とは言え、軽くごちそうになるだけというのはなんとなく居心地が悪かった。だからこうして、彼女らを手伝うと申し出たのだ。

 近くで見てみると、バーゼルは大柄な動物で、ちょうど牛くらいの大きさがある。黒の長い毛皮で覆われていて、ぱっと見はバイソンに似ている。少し触ってみると、固い毛が密に生えていた。夜の寒さをしのぐと同時に、強い日差しから体を守ることもできるのだろう。私は二人の姉妹に教えてもらいながら、バーゼルの乳搾りを始めた。長い毛のために探すのが大変だったけれど、私はぐっと力を入れて搾っていく。出たばかりのミルクはぬくもりを持ったままバケツに飛び出てきた。慣れてしまえば面白いもので、私は鼻歌まじりに作業したのだった。


「そういえば、あなたはこれからどこへ向かうの?」


 妹の方が興味津々でそう尋ねてくる。私は作業を続けながら答えた。


「いまちょっと人探しをしてまして、情報のありそうなイサラスを目指しているんです」

「人探し?」


 私の言葉になにか引っかかったのか、今度は姉の方が聞き返してくる。


「はい。水色の髪の毛のエルフ族の男性なんですが――心当たりはありませんか?」


 考えないうちから、私の口はそんなことを言っていた。姉妹の二人は少し考える仕草をして、やがて妹の方が何か思い当たったように手を叩いた。


「エルフ族と言えば、すっごく美形で物腰の柔らかいエルフの人をイサラスで見かけたよ?」


 思わぬ情報に、私は乳搾りの手を止めてしまった。


「それ、本当ですか!?」


 私が勢いよく問い返すと、妹の女性は頷いた。


「うん。ちょっと街に立ち寄ったときにね、見ちゃったんだ。ね、お姉ちゃん」

「あ、そういえば…! 髪の色までは覚えていませんが、とても美形のエルフの方がいたんです」


 話を振られた姉の方も、思い出したように相づちを打っている。これは、かなり有益な情報かも…? あとでカイトにも知らせておこう。そうとなったらますます恩返ししなきゃ。私はそう思って、いっそう作業に没頭した。

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