5.私は私……だよね?
早朝。私たちはバーヌの町を出て、西へ向かって歩いていた。寒さの中、コートをしっかりと羽織る。アッグは相変わらず、毛布をかぶって震えていた。
ふと、先頭を行くカイトが足を止めた。立ち止まったまま前方を注意している。見れば、荒れた大地にいくつもの穴が穿たれていた。それが何かの巣穴であろうことは容易に推測できた。もっともそのほとんどは砂嵐のために埋まり、痕跡程度にしか残っていないのだが。
足下がわずかに震える。と、その地面が崩れ始めた。とっさに飛び退く。が、砂に足が取られて距離が出ない。よろけた私に、土の中から躍り出た黒い影が襲いかかる。剣を抜き、受け流す。勢いを殺しきれず、私は2、3歩後ずさった。体勢を立て直し、魔物を見据える。それは大ムカデ、と呼ぶべきだろうか。頭部から大きな牙が生え、何対もの足がわさわさと動いている。全身は黒光りする硬そうな殻で覆われていた。
「奴はレギオンだ。砂漠にはよく出る」
そう言って、カイトは背負っていた赤い傘を手に取った。そして、その先をレギオンというあの魔物に向ける。
『爆破』
彼がそう唱えた次の瞬間、耳をつんざくような爆発音が響き、大ムカデの体は木っ端微塵になっていた。形を失った残骸がばらばらと落ちてくる。私は呆気にとられ、ちらりとカイトを盗み見た。冷静な表情がなんだか怖い。
「や、やったあ! すごいッス、カイト!」
アッグが嬉しそうにカイトに駆け寄る。対して、カイトの表情は硬いままだった。
「まだだ。喜ぶのはまだ早い」
果たして、土の中からあの黒い魔物が現れた。それも一匹ではない。十匹ほどの大ムカデが私たちを取り込んでいた。
「レギオンは大抵、同じところに十数匹はいるんだ」
「そういうことは先に言って欲しかったッス!」
言いながらも、カイトは再び魔物を吹き飛ばした。アッグも負けじと斧を振るう。重たい一撃が、レギオンの殻を砕いた。頭部を失った魔物は倒れて大人しくなった。
が、足はまだ動いていた。なんて生命力だろう。私が見ていると、魔物は体をくねらせ、暴れ始める。周りが見えていないためか、その行動は不規則だ。
『炎撃!』
残った体を炎が包む。カイトが魔法を使ったのだ。あっという間に大ムカデは黒焦げになり、今度こそ動かなくなった。
「奴らの体を砕け! じゃないと死なない!」
カイトが傘を構えて叫ぶ。その背後に、数匹の影。
私は駆けだした。剣に魔力を集め、炎を纏わせる。今にも襲いかからんとしていた一匹に剣を振り下ろす。炎の剣はいとも簡単に黒い体を切断した。体液が飛び散る間もなく、切り口から炎が広がる。そのままムカデの体を包み込んでいく。それを見ていたレギオンのうちの数匹は、標的を私に変えた。敵意を宿らせた目で、牙をこちらに向ける。襲い来る敵に、剣を横に振った。まとめて切り倒し、赤々と燃える炎を見つめる。炎が消えたときには、ただ魔石ばかりが残った。辺りを見回せば、レギオンはすべて退治されていた。私は一息つき、剣を鞘に収める。
「おい、デュライア。お前今、何をした?」
低くうなるような声で、カイトが尋ねた。彼は訝しげに私を見ている。何のことか分からず、私は首をかしげた。
「何って…魔物を退治しただけだよ?」
「そうじゃねえ! その魔物が魔石に――しかも、純魔石になったんだぞ!? いったいどんな手品使いやがった?」
声を荒げ、カイトは私に詰め寄る。どうやら私が魔物を“浄化”したことを不審に思ったらしい。そういえば、以前アッグにも同じことを聞かれた気がする。
「やっぱり、デュライアって変ッスよね…」
「アッグまでそういうこと言うの?」
どこかほっとしたような声色のアッグに、私は少し落胆した。
「もう一度聞く。いったい何をした?」
「そんなこと言われてもなあ…」
はっきりと言い切るのはためらわれて、目を泳がせながら答える。何か特別な力があるらしいと、頭では分かっている。だが、それが何であるか自覚できていないのだ。そんなものを、人に説明できるわけがない。と、不意にカイトに胸倉を掴まれた。
「お前、とぼけるのもいい加減に――」
言いかけて、カイトは目を見開いた。きれいな紫色の瞳は私の目を見ていた。だが、それは落ち着きなく小刻みに震えている。口はわずかに動くものの、開いたままになっていた。出かけていたはずの言葉が口元で止まってしまったような、そんな感じだ。私をつかむ手も、震えているのが分かる。不安定な呼吸の音も、この距離だからはっきりと聞こえる。
やがて彼の視線が逸れた。同時に私の体は彼の手から解放される。
「お前は、何者なんだ?」
やっと、カイトはためらいがちに尋ねた。
「私のこと? それは――」
私は私だ。そう答えようとして、私は言葉を止めた。一瞬、脳裏に疑問がよぎったのだ。魔物を浄化し魔石へと変えるこの特異的な力。そして、
『そなたには特別な運命が待っているようじゃ』
旅人協会での、ケルクさんの言葉。特別な運命とは何か、本当にそんなものが待ち受けているのか。いやそれ以前に、それが私が何者であるかという問いに関係があるのか。
「それは、私が知りたいかも」
ぽつりとそうつぶやく。質問に答えたと言うよりは、独り言だ。カイトはただ黙っていた。納得している訳ではないだろう。見定めるような視線を私に向けてくる。
「…………そうか」
しばらくの間のあとそう言うと、カイトは踵を返した。再び西へ向けて歩き始める。私とアッグもそれに続いた。
お待たせいたしました!
更新を待ってくださった方、申し訳ありません。
カイトにも驚かれてしまう満月。しかし、アッグに驚かれたとき(3章-1)とは若干心境が違います。
また、後ほど番外編を載せる予定です。興味がありましたらそちらもどうぞ。




