1.転生…したの?
魔法――それは、超自然を具現化する術。人々は大気に満ちた魔力に意思を宿らせ、思うままに万物の法則を覆してきた。そうして人々は魔法文明を築きあげた。生活はみるみる豊かになり、その活動範囲は飛躍的に広がったのだった――
私は、いわゆる“異世界転生”をしたのだと思う。いまわの際を覚えている訳ではないが、少なくともこの世界は前世の記憶にある常識とはかみ合わない。
今私の目の前にいるのは、緑髪で四本腕の男性。それなのにオレンジ色の瞳をしている。体内の色素事情どうなってんのこれ。ちなみに肌色は褐色っぽい。ますます訳が分からない。
彼は血は繋がっていないが私の育ての親だ。なんでも、祠に捨てられていた、当時赤子だった私を興味半分で拾ってきたのだという。おかげで私は、今日にいたるまで健康に過ごせている。
いや、世の中不思議だから、彼だけ変でもまだあり得るかもしれない。外に自生している何だか訳の分からない(実際は彼に名前も教わったのだけど)植物の群れも、単に“未知の”生き物なだけかもしれない。時は夕刻。沈みかけた夕日に背を向けると、二つの月が昇り始めているのが見える。……ここまできたらもうどんな言い訳も通用しないよね。だって相手が天体だもの。とまあそんな訳で、私はそういった地球、あるいは現代日本とは全く異なった世界で生きていた。
さて話を戻すと、私は目の前にいる育ての親――六厳善に話があると呼び出された。改まっちゃって、一体何を話すのだろう。ああ、こういう雰囲気は嫌いだ。悪い事してないのにびくびくするっていうか、心当たりがないから逆に不安が募る。そういう不安定な気持ちだったからか、私はいつの間にか正座していた。六厳善は大儀そうに口を開く。
「お主は、外の世界に行こうとは思わぬのか?」
固くなった私を気にせず、目の前の男性は尋ねる。予期していない問いに、私は目を丸くした。開いた口がふさがらず、まじまじとオレンジの瞳を見つめてしまう。
外の世界に興味がないと言えば嘘になる。“人間嫌い”だという六厳善の元、ずっと人里離れた場所で暮らしていた。険しい山の深い森の中、周りには六厳善と彼の友人数名のみが自給して生活するのみだ。
森の外はどうなっているんだろう――元来好奇心旺盛な私は、そう思わずにはいられなかった。けれどそうしなかったのは、彼らが人里に下りる気配がなかったから。だって、未知の世界にぶち込まれても困るし。
「う~ん、私は今のままでも充分幸せだけどなあ」
とりあえず曖昧に答えてみる。と、こちらを見る視線が一気にきつくなったのを感じた。
「それは外を知らないからであろう? 世界を旅し、見聞を広めよ。そののちにここが良いと思うたなら、それはよい」
真剣な眼差しが、まっすぐに私を捉える。元々冗談はあまり言わないが、本気なのだと思った。早い話が、どうあっても私に旅をさせたいらしい。それも、一人で。道理で今まで剣の稽古やら料理やら教え込まされた訳だ。って、納得してる場合じゃない! それはさすがにきつすぎるでしょ!
新作小説、開始しました。始まったばかりでまだまだ謎の多い作品だとは思いますが、どうぞおつきあいください。