1.国境越え
タームの村を出発して、私達は山を登っていた。六厳善と暮らしていた山と違い、道にはごつごつとした岩肌が目立つ。草木はまばらに生えるばかりだ。そんな道を、私たちは湿った風を肌に受けながら登っていく。アッグも私も、お互いに無言だった。
やがて目的の建物が見えた。漆喰塗りの壁に大きな扉が埋め込まれ、屋根には立派な瓦がある。傍らに警備員らしき人物が控え、監視員も目を光らせている。なんだか戦国時代の城門みたいだ。それもそのはず、ここはアレスキア王国と隣国・ウォラレス王国を隔てる国境を越える、関所なのだ。その中でも両国の首都同士を結んでいる重要な場所だという。私は職員に旅人協会の会員証を見せ、アッグは身分証明書を提示した。そして、重たい音を立てて扉が開いた。
「ここ、不法入国とかされたりしないのかな?」
ここを見た時から、ちょっと違和感があったのだ。立派な門があるのに、周りには国境に沿った柵が一切無い。身分証を見せずに通ろうとする不届き者がいそうな気がするのに。
「安心しなされ。そのために我々がいる。それに、ほら」
傍らにいた警備員さんが笑顔で答えた。独り言のつもりだったが、しっかり聞かれていたらしい。彼の示した方を見ると、峠が線のように繋がっているのが見えた。つまり、隠れられる木々の影がほとんど無く、見晴らしがいいのだ。なるほど、これならすぐに不法入国しようとした人も捕まえられそうだ。それに、警備員さんは俊敏そうな獅子族の男性。何となく夜目も効きそう。
「では、よい旅を」
「ありがとうございます」
身分確認の済んだ職員に挨拶され、私も笑顔で返した。門をくぐると、乾いた風が頬を撫でる。山の上から未知なる景色が見渡せた。草木のほとんど無い、土色ばかりが眼下に広がる。アレスキアの北にあるこのウォラレス王国は、国土の大半が乾燥した砂漠の国だと聞いている。今まで旅した場所とは違う景色に、私は胸が高鳴った。
麓まで降りると、町が広がっていた。関所に近いと言うこともあって、行商人や旅人向けの施設が目立つ。宿はもちろんのこと、談笑に最適な食事処や旅に必要な物を売る雑貨屋などが立ち並んでいる。砂漠対策をしていないから、ここでいくらか買い物をしておこうかな。
先に宿の予約だけしておいて、私達は町を探索する。水と食料はいつだって必須だが、それ以外で必要な物は何だろう。考えていると、フード付きのマントが目に止まった。そうか、日差し対策だ。私はそれが展示してある服屋へ足を運んだ。
マントを色々試着させて貰って、一番自分に合った物を探す。お店の人はすごく親切で、色々とアドバイスをしてくれた。
「君たち、ひょっとしてこの国に来るのは初めてかい?」
「はい、そうです」
店員さんに尋ねられ、隠す必要もないので私は素直に頷いた。すると、優しげな笑顔を残したまま、店員さんは奥へ引っ込んでしまう。
「なら、こいつも買っていきな」
そう言って、店の人は厚手の服を持ってきた。腰より下まですっぽりと覆ってしまうほど丈が長く、毛皮のようにもこもことした飾りがついている。それは今は袖を通すのがためらわれるような、オーバーコートだった。
「それはさすがに暑くないッスか?」
「何言ってるさね! こいつ無しじゃ、とてもじゃないけど砂漠で旅なんかできっこないよ」
アッグの問いに、お店の人は少し意地になって答えた。実際砂漠というのは草木がないだけに寒暖の差が激しく、昼間は灼熱の大地でも夜間は極寒の地となってしまうのだという。この人の言う通り、日差し対策だけでは凍え死んでしまうだろう。私は彼女に勧められるままに外套を試してみた。もっともアッグの言う通り今は暑いので、背中に当ててみてサイズを見る程度だったが。
外套を二人分買って服屋を出て、私はお店の人に教えて貰った店を探す。これまた親切にも砂漠の旅に必要な物が売っている店を紹介してくれたのだ。確か、最低限必要だったのは毛布とストーブ兼コンロの火の魔法具だったかな。毛布は防寒はもちろんのこと、他にも使い勝手がいいらしいし、炎は調理・獣対策・防寒などの役に立ち、ついでに煮沸して真水を得るのにも使えるんだとか。アレスキアにいた時は適当に木とか草とか集めてきてたき火をすればよかったのだが、さすがに砂漠でそんなことはできない。
うすうす気付いていたことだが、ここフェリの町の店は本当にいい店ばかりだった。品揃えばかりでなく、お値段も善良的で、何より店の人が親切だった。毛布などを売っている織物屋さんは私達の体に合うサイズを選んでくれた。魔法道具屋さんは「魔石は装填済みだからすぐ使えるよ」と言ってくれた。こういうお店が多いと、何となく買い物も楽しい。とはいえ、水だけはタダ同然のアレスキアと比べてしまえばちょっと値が張っているけれど。それはまあ、乾燥気候にとって水は貴重だから仕方がない。
「ここって皆さん親切ですよね」
宿に戻り、食事を出してくれた女性にそう笑いかけた。彼女は食事を並べながら、ええと微笑む。
「ここは国の監視が厳しいですから。法外な商売をするとすぐに捕まって重罪になるんですよ」
その答えは意外なものだった。私は思わず目を見開く。曰く、国境付近の重要な宿場町だかららしい。私は驚いた顔のままでいると、女性は穏やかに笑って続けた。
「とはいっても、おかげでお客様の信用を得られますし、堅実に商売を営む者にとってはありがたい制度なんです」
「確かに、私達も安心できます」
私が相づちを打つと、女性は身を乗り出した。
「でも、他の町には怪しい商人も紛れ込んでることがあるから、気をつけるんだよ?」
そう言って、いたずらっぽく笑う。やっぱり、親切だ。私も彼女につられて笑った。気をつけなきゃとも思うが、どこか楽しみにしている自分がいる。明日はどこに行こうかと、まだ見ぬ大地に思いを馳せた。
という訳で新章開始!
今度は砂漠を旅していきます。のんびりと旅をしていますが、どうぞまったりおつきあいください。




