10.草原の狩人
クロウディを出た私達は、また草原を歩いていた。風が吹きつけてくる中、わずかに獣の声が聞こえた気がした。だが、それらしき姿は見当たらない。気のせいかと首を傾げていると、大地が唸った。地響きはしかしすぐに収まった。
「な、何だったッスか、今の…」
「私にも分からない。でも――」
今のは何かが移動した音だ。確証はないが、私はそう直観した。向かった先は? 嫌な汗が流れる。ただ事ではないと、体が感じ取っていた。
「行くよ、アッグ!」
「へ? ちょ、ちょっと待つッス、デュライア!」
アッグにそう言われても、走り出したからには止まるつもりはなかった。
全力で駆けていくと、前方に人々が見えた。近付くにつれ、その姿がはっきりと分かる。たくましい体つきをした、虎族の男性が数人集まっていた。先ほどの地響きは今は聞こえてこない。だが、私にはそれが嵐の前の静けさに思えた。
私は剣を鞘から抜き、魔力を収束。足下へと放った。と、付近一帯の大地が激しく揺れる。当然、地震に男達も驚いていた。が。
――キシャアアアァ!
彼らよりも驚いたらしいそれが、地中から躍り出た。草の根が寄り集まって巨大な芋虫のようになった魔物、そう形容するのがふさわしいだろう。地上に出ている部分だけでも、大人の3倍以上は優に超えている。あごのない口の周りから髭だか触手だか分からない物が生えている。はっきり言ってキモチワルイが、今はそんな事を言っている場合ではない。
現れた魔物に、男達が放った矢が次々と突き刺さる。だが、怪物にとってはたいしたダメージではないようだった。奇声を発しながら口を大きく広げ、彼らを睨む。
「あんたの相手はそっちじゃないっての!」
私は再び魔力を集め、魔法を放った。と、怪物の体が赤々と燃え始める。業火に包まれた怪物は、苦しげに耳障りな悲鳴をあげる。怒りに猛った瞳がこちらを向いた。私は戦慄し、横に跳躍。相手の突撃をかわした。行き場を失った一撃は地に叩きつけられる。
突如、目の前で魔物の体液が散った。アッグの重い一撃が、魔物の首を両断したのだ。見れば、切り落とされた首は既に絶命していた。が、残された胴体はするすると土の中へ戻っていく。
「逃げる!?」
「そうはさせないッス!」
言って、アッグは飛び出した。彼は斧を背に担ぐと、土の中へと逃げ始めた首を両腕で捕まえた。そのまま怪物を引っ張る。戻ったはずの体が、じりじりと引っ張り出されていく。そして、地面から完全に魔物の体が現れた。分かっていたけど、なんて馬鹿力だろう。アッグに引きずり出され、巨体が大地に叩きつけられる。本体もやっぱり木の根がうねうねと絡み合っている塊だった。所々、爪なのか飛び出している部分がある。私は魔力を集め、剣に炎を纏わせた。その剣で魔物を切りつける。切ったところから紅蓮の火炎が飛び出した。炎は広がり、魔物は悲鳴をあげた。構わず剣を振るい、炎を発生させる。業火が魔物を全て包んでしまうと、やがてその体は燃え尽き、淡く光る魔石だけが取り残された。そこでようやく、一息つく。
気付けば、先ほどの体格のいい男達が集まってきていた。今気付いたが、彼らは身なりからして猟師なのだろう。弓矢を背負い、腰には短剣をつけている。そしてその傍らには獲物だろうか、獣が縄で縛り付けられていた。
「ありがとよ、二人とも。おかげで命拾いしたぜ」
彼らのうちの一人、立派な縞模様が美しい虎族の人が明るく笑いかけた。がっしりとたくましい手のひらと握手を交わす。
「俺の名はアーサル。ここで会ったのも何かの縁だ、俺達の村に来ないか?」
「いいんですか?」
「もちろんだ。この礼もしたいしな」
そう言って、アーサルと名乗った男性は私の頭を撫でるように軽く叩いた。彼らに案内される間、私達は自己紹介をしたり、様々な話をした。彼らの住まう村――タームは狩猟生活を営む集落だということ。アーサルさんはその中で狩人達を束ねるリーダーなのだと言うこと、などなど。
「しかし、ヒトネが現れるなんて…。狩り場の件といい、最近魔物が多くねえか?」
ライオンのようなたてがみを持った男性――獅子族というのだそうだ――がそうこぼした。先ほどの巨大な魔物はヒトネというらしい。地中に住まい、人前に出てくるのは珍しいのだという。
「あの、狩り場がどうかしたんですか?」
私が問うと、獅子族の男性は少し目を見開いてこちらを振り向いた。どうやら聞かれているとは思わなかったようだ。それでも隠そうとせずに話してくれる。
「それが……俺達がよく行く狩り場があるんだが、いつからかそこに強い魔物が現れてな…。負傷者は出るわ、動物は寄りつかなくなるわで困ってるんだ」
男性の声は落ちた。彼だけでなく、周りの誰もが苦虫をかみ潰したような顔をしている。それほどまでに事態は深刻なのだろう。
「そうだ! あんた旅人だろ? 魔物退治を頼まれてくれねえか?」
「おい、いくら何でもこんな子供に頼むことないだろ!?」
「そうだ。お前に誇りはないのか?」
私が答えるよりも先に、男達は言い合いになってしまった。そりゃあ私はこの人達から見たら子供なんだろうけど、舐められてるようで何となく悔しい。
「いい加減にしろ! 今はそんなこと言ってる場合か?」
私が困惑と苛立ちの混じった眼差しで彼らを見つめていると、後ろからアーサルさんの怒声が飛んだ。口論していた男達もビクリと体を震わせ、押し黙る。ちらりとその顔を盗み見れば、いらだった瞳の奥にはやりきれなさが潜んでいた。できることなら自分たちの問題は自分たちで解決したい。けれど、それができない――そんな彼らの葛藤を物語っているようだった。
久々の戦闘描写です。ただ、今の書き方だと仲間の動きが書きづらいですね;
サバンナ→狩人という安直な考えで始まった今回。彼らが抱える問題に満月は…?
次回もよろしくお願いします。




