表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マイペース☆ファンタジー  作者: 風白狼
3章 熱帯の国アレスキア
31/89

8.妙案遂行

 草原の中に、頑丈そうな城壁が見えてきた。近付くにつれ、ピオッシアと同じくらい規模の大きな街であると分かる。ピオッシアに次ぐアレスキア王国第二の都市、クロウディ。学校や研究機関が多く設立され、また芸術においても評判のある学術都市である。その街を守る城門にも装飾が施されている辺りはさすがと言うべきか。私達は入門の許可を貰い、その街並みを見た。

 立派だと、私は思った。貴族街のようなきらびやかな豪華さでも、民衆の目を引く派手な華やかさでもない。直接感性に訴えかけてくるような、ある種洗練された美しさがあった。知的でおしゃれな喫茶店。本の香りが漂う大きな図書館。人の賑わう研究施設。ただの民家も、何かしら彫刻や絵画が飾られている。そんな街を、私達は歩いていく。


 けれど、忘れてはいけない。私がここに来た一番の目的は、“ある目的”を果たすためだと言うことを。


 私は街並みの中に大鷲を見つけた。木を彫り込んで作られたそれは、生きているのではないかと錯覚するくらい精巧な作品である。気になって近付いてみれば、簡易な屋根の下に木彫りの像が立ち並んでいた。動物もあれば、ヒトをかたどった作品もある。やすりで磨かれた部分も、敢えて粗いまま残された部分も、全てが洗練されているように思える。私はしばらくそれらに見とれていた。

 扉の開く音がして、木彫りの庭に誰かが入ってきた。くすんだ茶色の毛並みをした、フェンリル族の男性だ。葉巻を咥え、ゆったりとした足取りで歩いている。背筋は曲がっていたが、その眼光は鋭く、頑固者というイメージを与える。そんな彼と、私の目が合った。


「お嬢ちゃん、木彫りに興味があるのかね?」


 低く、くぐもった声で男性は訊いた。黒の瞳がまっすぐ私を見据えてくる。何と答えようか考えている間に、アッグが口を挟んだ。


「デュライアが好奇心旺盛なだけッスよ」


 アッグは牙を見せて笑っていた。確かに私が好奇心旺盛なのは認めるが、この場合はそれは正解ではない。男性の表情も心なしか暗くなったように見える。


「アッグ、そういう事言うのは失礼でしょ? 私はここの木彫りがすごいなー、と思って見てたんだから」


 私がアッグに抗議していると、男性はそうか、とこちらに背を向けた。何となく気になって、私は彼に尋ねる。


「ここの彫刻は、あなたの作品ですか?」


 男性はこちらに背を向けたまま、そうだと答えた。彼はとある像――モデルは美しい女性だろうか――の前に腰掛け、じっと眺めている。緩やかな着物を身に纏い、どこかを見つめている――そんな作品だ。私はそれも完成品だと思い込んでいたが、男性のその真剣な表情を見る限り違うのかもしれない。今の彼に話しかけるのは気が引けたが、しかし好機を逃す訳にはいかない。意を決し、私は男性に声を掛けた。


「あの、ちょっと見て欲しい物があるんです」


 私が切り出すと、相手はこちらに向き直った。訝しげに眉をひそめている。私はリュックから、小さな木彫りの置物を取り出した。スラムの少年から買った、あの置物だ。男性は私の手からそれを受け取ると、眼を細めてじっと見つめていた。必然的に私の顔も緊張でこわばってしまう。短くない沈黙が続いた。


「これは、君が作ったのか?」


 唐突に男性が問う。私はいいえ、と首を横に振った。


「これはピオッシアの傍のスラムに住む、少年が作った物です」


 私の答えに、男性はわずかに目を見開いた。しばらく呆然と私を見つめたあと、手の中の木彫りを見直していた。そして、再び私に向き直る。


「何故、これを私に見せようと?」

「これを芸術の分かる人に見せることが、彼のためだと思ったからです」


 私は男性の毛深い顔を真正面から見つめ直した。嘘はついていない。が、私を見定めるようなその視線が怖い。私は気圧されないようにと虚勢を張る。

 と、男性はふいに笑った。穏やかな眼差しをこちらに向けてくる。男性は葉巻を咥えたまま、ニカッと歯を見せる。


「なるほど、嬢ちゃんは正直者だな。それに、いい目をしているようだ」


 そう言って、男性は例の置物を手に持ったまま建物の中へと入っていった。意味が分からず、首を傾げる。ほどなくして、また男性が出てきた。今度は小さな袋をもって。


「いい事を教えて貰った。これはその礼だ」


 男性に手招きされ、私が近寄ると、手のひらに何か冷たい物をいくつか乗せられた。みれば、数枚の銀貨であった。慌ててそれを断る。だが、男性は笑ってこう続けた。


「ここまで来るのに大変だったろう、少ないが、これを使いなさい」


 最後は半ば押しつけられたような感じだったが、男性の優しさに胸が熱くなった。貰った銀貨をグッと握りしめる。


「あ、ありがとうございます!」


 私は声をやや上ずらせ、深々と頭を下げた。





 そう、これこそが私の作戦。飢えた人には魚を与えるのではなく、魚の取り方を教えよ。どこかにそんなことわざがあったと思う。とあるボランティア団体は、水のない村に井戸を作るのではなく、井戸の作り方を教えるようにするのだと聞いた事もある。モノはいくらあってもなくなる。だから、そのモノを得るための手段を用意せねばならないと。私の行動で、せめて彼の未来の手助けができたなら。それはきっと何よりも嬉しいことだろう。私は見えぬ世界に思いを馳せ、拳を握った。

長らくお待たせ致しました!

気付けば今年初の更新なんですよね…

まだまだ定期更新は難しいですが温かく見守っていただけるとありがたいです。


 さて、ここに来てようやく『2章―11 ピオッシアの裏に潜む影』の伏線が回収できました。気付いた方(というか覚えていらっしゃった方)はいますでしょうか?

 スラムの人々をどうやったら根本的に助けられるだろうか、と非常に悩みました。まあ、本編での行動が本当に正しいのかどうか分かりませんが…

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ