5.頼まれない仕事は
ふかふかの座布団に腰を下ろし、私は息をついた。町の宿にて、先ほど風呂を満喫していたところだ。外はまだ騒がしい熱気に包まれている。数十分前までは、私もあの騒ぎの中にいた。別に、お祭り騒ぎは嫌いじゃない。でも、今日は戦闘続きで疲れたな。特に思考も働かず、私はぼんやりと天上を見上げる。
「どうしてキャツシーのでかい奴を倒したんだ、って言わないッスか? その方が絶対報酬は高かったッスよ!」
武装を解き、アッグは愚痴をこぼした。正直話しかけられるなんて思っていなかった私は、返事をするのに時間がかかってしまった。
「だって、私は『キャツシーを退治してくれ』って頼まれただけだもん。敵の本拠地まで行けとは言われてなかったし、頼まれてない仕事のことで報酬をせがむなんて気が引けるしね」
「じゃあ、何で危険を冒して退治に行ったんスか?」
私の答えに、アッグは納得してくれなかったらしい。ますます声を荒げてせき立てる。
「そんなの、彼らを助けたかったからに決まってるじゃん。それに、私はうわべだけの解決なんて嫌。退治しきれずにまた襲われたら、なんて思うといてもたってもいられないんだよ」
「でも、報酬が割に合わないッス!」
やはりアッグは不満そうだ。疲れているということもあって、さすがに私もいらだってきた。
「報酬、報酬って…あのねえ、人助けなんて見返りを強いる必要は無いんだよ。私は彼らを助けた、その事実で十分。何かしら見返りを得て、その所為でその人が不幸になったら嫌だもん」
話している間、自分の声にトゲが混じっていることに気付く。少し攻撃的な言い方だっただろうか。私は一度、息を吸った。
「それにさ、助けられた人が心から感謝して、彼らの価値観を以てその恩恵に見合うだけのお礼をくれたのなら、それはありがたく受け取らなきゃ。そうすれば、双方満足できるはずだから」
私は何気なく部屋を見回した。風通しも良く、過ごしやすい宿。彼らの好意に甘えて借りたものだ。それだけでも感謝したい。アッグは、まだ私を見つめていた。
「でも、報酬をケチられることもあるかも知れないッスよ?」
「その時はその時だね。ま、だからって無理矢理請求することもしない。そう決めたんだ」
ケチられたのだとしたら、私の働きはその程度だったという事だ。相手の事情も分からないのに、何かしら期待をしてもいけないだろう。
「それ、色々無理があると思うッス」
「だろうね」
アッグの反論に、私はすんなり同意した。アッグは分かっているならどうしてそんな事を言うのかと、言いたいばかりだ。結局、私もそれがただの理想であると分かっている。分かっているが、どうせなら、追い続けていきたい。
「でもさ、理想って、実行する前から諦めちゃダメだよね」
一度人生を経験している分、余計にそう思う。ある意味、ここで転生したことは自分の生きたいように生きるチャンスなのかも知れない。もちろん全てが思い通りになる訳ないけど、私はいつでも私のベストを尽くすつもりだ。
「デュライアって、やっぱりちょっと変わってるッス」
アッグがぼそりとつぶやいた。声にはため息が混じっている。
「ふふ、それはどうもありがとう」
「いや、俺別に褒めてないッスよ?」
私が笑うと、アッグも困惑しながら笑った。鱗のある口から牙が覗く。
私は草敷の床に寝転んだ。その途端、急に眠気が襲ってくる。まぶたが重く感じ、まどろんだ。ああ、ちょっと疲れているみたいだ。私は一度立ち上がると、布団に潜り込んだ。眠気はどうしようもないほどに私を包み、私の意識を夢の中へと引きずり込む。抗うこともせず、私はすぐに眠りについた。




