11.ピオッシアの裏に潜む影
武具を整え、日の高いうちに私達はピオッシアの外に導く門へ歩いた。通行証を見せ、巨大な城門を抜ける。その先もまた、多雨地域独特の森林や草原が広がっているのだろうと、勝手に想像していた。
だが、実際に目に飛び込んできたのは、平和な光景と言うにはほど遠かった。崩れかけたり傾いたりした建物が所狭しと密集し、鼻を覆いたくなるほどの悪臭が散漫している。人々はまともに服と言える物を着ていない。私を見ると、子供達が物を乞おうと群がってくる。そう、そこは貧民街だったのだ。私は衝撃でしばらく物も言えなかった。日本において、経済格差はせいぜい2倍くらいと言われている。諸外国に比べれば低い方で、日本にはスラムと呼べるものがない。つまり私は、この世界に転生してようやく現実を見たのだ。ここピオッシアが立派だった分、その落差も激しい。
「田舎から出てきて、上手く街で暮らせる人間なんて、ほんの一握りッス。はじき出された人々は戻ることもできないから、こうして都市の周りに集まるしかないッスよ」
アッグが私を慰める。私みたいな流れ者が認められたのは、本当に特殊なケースだったのだろう。それに上手く街に入れたところで、そこで自立して生活できるとは限らない。ここは、そうして大都市の外に出されてしまった人々が作り上げた街――
「デュライア、気持ちは分かるッス。でも、全員を助けるのはさすがに無理ッスよ」
「……それくらい、私だって分かってる」
どれだけお金があったとしても、ここにいる全員を一生養っていくなんて無理だろう。まして、一旅人に過ぎない私にはなおさらだ。だが、かといって見過ごすこともできない。彼らの為に何ができるだろうか。衝撃に打ちのめされたままの頭はふらふらしているが、それでも必死に思考をめぐらせた。
そこで、ある物に目が止まる。私は吸い寄せられるように歩いていった。そこに置いてあったのは、木彫りの置物だった。私に芸術のセンスがあるとは思っていないが、それは私を引きつけるには十分な力を持っていた。私はしばらく、自分を不思議そうに見つめる視線に気付かなかった。顔を上げると、少年のその視線と目が合った。
「これ、あなたが作ったの?」
私の問いに、その少年はこくりと頷いた。私はまた木彫りに視線を戻す。一つを取っては眺め、しばらくそれを繰り返していた。やがて、焦れてきた少年が口を開く。
「これは売り物だよ。欲しいなら、お金を払ってよ」
言われて私は顔を上げた。やせこけた少年の、いらだたしげな目が私を見ている。その時、私の頭にある妙案が浮かんだ。これなら彼らを助けられるかも知れない。賭けに近かったが、それよりいいアイディアは浮かんでこなかった。
私はカバンからお金の入った巾着を取り出すと、一つを手に握って少年に渡した。ずっしりと重たい金貨一枚を渡されて、当然のことながら少年は驚きの目を私に向けた。が、私は人差し指を口の前で立てて、秘密だよのジェスチャーをする。少年は頷き、そっとそれを自分の懐にしまった。そうして私は置物一つを買い、ゆっくりと立ち上がった。
彼以外にも、私はできうる限りスラムの形ある売り物を買い取った。限度はあるから、全て、という訳にはいかなかったけれど。もちろん、これだけでは本当の意味での救いにならない。お金なんて、使ってしまったら無くなるのだ。けれど――
私は買った物をまとめ、カバンに入れた。思っていたよりも時間を使ってしまったようで、日が暮れる頃にはアッグと私は道ばたの無人休憩所で休むしかなかった。
「高い買い物したッスねえ。いくら彼らがかわいそうだからって……」
火の前に座って魚を焼きながら、アッグは不満そうにこぼした。彼の言葉に、私は苦笑するしかない。
「いいでしょ、別に。それに、まだ終わってないんだから」
「? どういうことッスか?」
そう、私の思いついた“妙案”はここで終わってはいない。むしろ、ここからが重要なのだ。でも、確実に成功する保証など、どこにもなかった。
「秘密!」
笑ってそう言うと、アッグはまた不満そうな顔をした。
旅はまだ始まったばかり。星空はそんな私達を優しく見守っていた。
入れてみたかったスラムの話。
ピオッシアは豊かな街ですが、アレスキア王国内では結構貧富の差が激しいのです。
満月が何を思いついたのかは、また後ほど…
さて、今回で2章が終了。次回からは新章に突入してまた新たな冒険が始まります!




