9.リザード族の男
貴族風の女性が去ってしまうと、赤い鱗のリザード族が申し訳なさそうに頭をかいた。
「な、何か悪かったッス。こんな俺のために……」
落ち着かないように尻尾を揺らす彼に、私は優しく笑いかける。
「気にしないで。それより、不必要なお節介だった、ってことはない?」
「め、滅相もないッス! 俺も今の女には不満しか無かったッスから!」
「ふふ、良かった」
慌てたように手を振る彼に、私は微笑みかける。彼もはにかみ笑いを浮かべてくれた。そのまま歩き出そうとき、足下でじゃらり、と音がした。見れば、このトカゲの男の人の足に鎖でできた足かせがはめられていた。私が驚いて見たせいか、彼はそれを隠すようなそぶりをする。
「ちょっと待ってて」
私は剣を抜くと、魔力を集めて鋼の意思を込めた。勢いをつけて上から鎖を突き刺す。キンッ、と鋭い音が響き、鎖は粉々に砕け散った。彼は鱗の生えそろった自分の足をしげしげと見つめる。その顔は見るからに嬉しそうだ。
「でも俺、あて無くなったッスねえ……」
解放したとはいえ、それは同時に職を失うということでもあった。もちろん、私はそれを承知の上で彼を救おうとしたのだ。
「だったらさ、一緒にあてのない旅でもしてみない? どこかに君の落ち着ける場所があるかも知れないし、私も一人旅は寂しいと思ってたところだからね」
破顔して彼にそう言うと、リザード族の男は顔を輝かせた。
「い、いいッスか?」
「うん。私は全然構わないよ」
私は彼の住んでいた借家まで付き添い、荷物を持ってそこを引き払うのを待っていた。荷物といっても、彼の家財道具は少なかった。服やら食器やら、持ち運べる物が大半だったのだ。まあ、奴隷のような生活を強いられていたのだから仕方ないか。
そういう訳で、私は今、彼の行きつけのバーに立ち寄っていた。
「そう言えば、まだ自己紹介してなかったッスね。俺はアッグ・コリトニーっていうッス」
「私は満月。よろしくね」
酒瓶が綺麗に並ぶ棚を正面に、私とアッグ(さん付けはやめてくれと言われた)はカウンター席に座っていた。都会の中の店にもかかわらず、そこは落ち着いた、それでいてちょっと羽目を外したような雰囲気の店だった。何となく、下町って感じ。果汁酒を飲みながら、アッグは私を見る。
「デュライア……ファミリーネームはないッスか?」
「ああ、そういえば無いね」
「今気付いたんスか!」
あれ、何か勢いよくツッコミを入れられたんだけど。今まで名字まで名乗る人に会わなかったし、私はそもそも捨て子だから“ファミリーネーム”なんてあってないようなものだと思う。
それから、どうして旅に至ったのだとか、そういうことを話していた。全部は話していないけれど。もちろんアッグ自身の話も聞いた。元々リザード族は魔法が不得手なのだが、アッグはその中でも特に相性が悪くて魔法を使えない。かろうじて魔法具が扱えるのみだという。
私は魔法中心の世界だとてっきりみんな魔法が使えるのだと思っていた。けれど、そうではなかった。魔法が使える人間にとっては、魔法具はただの補助具でしかない。けれど、そうでない者には生活のかかった大切な物。たとえるならば、難聴の人の補聴器や、心臓が悪い人のペースメーカーくらい大切かもしれない。って、それは重大すぎる? しかし、この世界で過ごすには不便だろうなあ…。
しゃべっている間に、頼んだ料理や飲み物が運ばれてくる。マスターは落ち着いた印象のある黒猫の人だ。料理は豪華ではないがこだわりの感じられる物で、とても美味しい。飲み物はよく分からないからジュースを飲んでいる。対して、アッグはやはり酒を飲んでいるようだった。
「そう言えば、デュライアは酒飲めるッスか?」
「いや、飲んだこと無いけど…」
前世ならまだしも、転生してから一度も飲んだことはない。だから、アッグの問いには答えようがなかった。きっと、転生で体質が変わっているだろうから。そう言えば六厳善らが飲んでるの見ていたことはあるけど、自分は手を出そうとしなかったもんなあ…。
「てか、飲酒に年齢制限とか無いの?」
価値観の差というのは、飲酒の年齢にも関わってくる。日本は20歳で成人だが、外国では18歳くらいでいいと聞いた事がある。異世界ならなおさら違っていてもおかしくない。
「デュライアくらいなら問題ないッスよ」
アッグは笑って答える。ずいぶんあっさりと言ってくれたなあ。彼が不良でなければいいんだけど。アッグは別のグラスに自分が今まで飲んでいた果汁酒を少しだけ注いだ。私はそれを受け取り、臭いを嗅いでみる。アルコールの独特な香りと果物の爽やかな香りが混じっていた。こわごわと口に含む。が、直後、盛大にむせってしまった。
「だ、大丈夫ッスか?」
むせこんでしまい、まともに返事もできない。それを見た店のマスターが訝しげに眉をひそめた。
「お嬢さん、さすがにその酒はそのままで飲むには強すぎると思いますが。飲めてリザード族ですよ」
知らないよそんなこと! せめて飲む前に言って! アッグが平気そうに飲んでたから、てっきり普通に飲める物だと思ったじゃんか……。ようやく呼吸が整ってきた私は、隣に座るアッグを一瞥した。リザード族って、酒に強いんだなあ。見かねたマスターが私が持っているグラスに水を注いでくれる。色の広まったそれはキラキラと輝いていた。今度はむせずに飲むことができた。とりあえず、酒に極端に弱いという訳ではないらしい。まあ、あんまり飲むつもりは無いけど。いつの間にか外は夕闇に染まり始めていた。
アッグ・コリトニーが仲間になった!
やっぱり冒険物は仲間がいた方が面白いですよね
しかし、書いてるとリザード族って相違点の多い種族だったりするんですよね…
魔法が不得手、酒に強い、変温動物etc...
徐々に仲間も増えていくと思いますので、どうぞお楽しみください。




