1.街に入ろう
馬車で走り抜けると、数日でピオッシアの城壁前までたどり着いた。私は狸の人にお礼を言うと、城門前まで歩く。ピオッシアの街はこの巨大な城壁の中にあるという。それだけ重要な都市なのだろう、門の前も厳重に守られている。一人の門番が私の前に進み出た。
「君、通行証か身分証明書を持っているかね?」
門番さんは大柄で、トカゲのような緑色の鱗を持つ人だった。プレートアーマーを着込み、槍を持っている。声は優しかったが、私は戦慄した。
「み、身分証明書!?」
特に職もない流れ者で、なおかつ私は捨て子だ。しかも、今まで人里離れた地で暮らしていた。そんな私が身分を証明できる物は皆無だったのだ。ここに来て街に入れないなんてなあ……。
「ないとダメですよねえ?」
「当然だ」
頼んでみたが、やっぱり無駄だった。発展した大都会に、どこの馬の骨とも知れぬ者を入れる事はできないのだろう。人は見かけによらないのだし、私が賊である可能性だってあるのだ。どこかで身分を証明してもらわないといけないが、果たしてどこに行けばいいのやら。
「うー、今更ながら捨てた親を恨みたい気分……」
ついでに、無理矢理旅に行かせた六厳善もだ。こういう社会的事情はどうやって克服せよと言うのか。がっくりと肩を落とした私を、門番のトカゲは訝しげに見つめた。
「む? 捨てられただと? どういう事だ?」
「言葉通りですよぅ……。私は捨て子で、育ての親はもろもろの事情で人里に降りてこなかったんです」
めんどくさいので、六厳善についての説明は省いた。幸い、門番はそれ以上尋ねなかった。なんかもう、ちょっと自暴自棄だ…。
などと思っていると、突然全身の毛が粟立った。すぐさま後方に跳躍。突き出された槍を剣で打ち払って軌道を逸らす。その一瞬、何が起こったか分からなかった。だが、息をつく暇もなく槍が突き出される。私はレイピアでそれを全て打ち払う。この細身の剣ではまともに受け止めるのは無理だ。時折こちらも剣を出して牽制しつつ、攻撃をかわす。一瞬の隙を見て懐に飛び込むと、私は相手の手から槍をはたき落とした。カーンと鋭い金属音が響き渡る。私は呆気にとられた面持ちのトカゲ男ののど元にに剣を突きつけていた。そこで私は我に返る。
「な、なんかすみません!!」
剣を収め、腰から曲げて頭を下げる。門番さんに言われて顔を上げると、そこには穏やかな笑みが浮かんでいた。
「いやはや、素晴らしい剣術だ。君は筋がいいな」
訳が分からず呆然としている私をよそに、門番さんはたたき落とされた槍を拾い上げた。どうやら私は試されていたらしい。しかし、褒められるほどの腕前だっただろうか。
「では、入城の手続きをしようか」
「ほ、ホントですか!?」
私が声を裏返して叫ぶと、門番さんは意味ありげな笑みを浮かべた。
「ああ。ただし、君が“彼ら”に認められれば、の話だけどね」
何だかツッコミどころが多いが、私はとりあえず門番さんについていった。
さて、ここに来て重要課題が露見。
果たして満月は無事身分証明になる物を手に入れられるのか!?