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恋に落ちた――

作者: 小雨川蛙
掲載日:2026/08/05

 

 その人と出会ったのはほんの数日前のこと。

 私は図書室でぼうっと過ごしていた。

 いつもと変わらぬ様子で。


 そんな折にあなたが表れた。

 きっと普段あまり本など読まないのだろう。

 あなたは興味なさげに背表紙を見回す中、不意に私と目が合った。


 図書室のにおいに包まれて、あなたは私をじっと見つめる。

 本を読んだことのないあなたは私語厳禁だと言うのに、時折私に小声で問う。


「これからどうなるの?」


 だけれど、私は答えない。

 楽しみを奪うわけにいかないから。


 読む速度が遅いあなたは必然的に私と長い時間を過ごした。

 過ごし続けた。

 毎日、毎日――。


 だからだろう。

 私はいつの間にかあなたの時折漏れ出る興奮した声と、熱っぽく向ける視線に恋をしてしまった。

 思わず声を出して先の展開を教えてしまいたいくらいに。


 あぁ。

 だけど、読むのが遅いあなたでも。

 少しずつ、少しずつ物語が終わりに近づいてくる。

 この苦しい気持ちを私が知れたのは幸運か、それとも不運なのか。



 ――今日もまた恋をした本である私はあなたの視線を見返すばかり。

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