第6話 いつか、必ず……
どうして私はこんな人間なんだろう。
西日に照らされる商店街の中を、私はただ一人で歩いていた。
もちろん、私の性格上転校初日から友達ができるとは思っていなかった。
だけど、私はチャンスを自らの手で手放したんだ。
彼女が——————美彩さんが、せっかく友達になろうとしてくれていたのに……いや、違うか。
きっと彼女は、そういう立場だったから私に優しくしてくれていたんだ。
全ては偽物……いや、偽物ですらなかった。最初から、何もなかったんだ。
それなのに、私は肝心の最初の選択でミスを犯した。
〝逃げる〟という、拒絶とも取れる一番最悪の選択を——————
「私、明日からどんな顔で学校へ行けばいいんだろう……」
そんなことを考えながらトボトボ歩いていると、ふと私と同い年ぐらいの女の子たちがとある建物に入っていくのが目に入った。
……ゲームセンター?
ゲームセンターってあれだよね、クレーンゲームとかで遊べる場所、だよね……。
何だかんだで、ゲームセンターに入ったことがなかった。
職業柄、親から禁止されていたから。
別に最初から興味があるわけじゃなかったから今まではどうでもよかったんだけど、気が付けば私は女の子たちの後を追いかけるようにゲームセンターへと入っていた。
入ってみた最初の感想……なんか、独特な匂いがする……。
これがタバコの匂いなのか、何かしらの芳香剤の匂いなのか分からないけど、別に不快な匂いではなかった。
にしても、色々なゲームがあるんだね。
ゲームセンターといえば、クレーンゲームのイメージが強かったんだけど、他にもリズムゲームがあったり、シューティングゲームがあったり、カーレースゲームがあったり……。
そんな多種多様な種類のゲームがある中、女の子たちが向かったのは一つの白い箱だった。
「これって……」
私、これ知ってる。
利用したことは一度もないけど、写真を撮って、デコって、撮った写真を友達と共有する写真機だったはずだ。
名前は確か……プリクラ、だったかな?
でも、今の私には縁もゆかりもない場所であることには間違いない。
ここにいても悲しくなるだけだし、さっさとここから出よう……。
そう思い至って踵を返そうとしたその時、店内の他のお客さんとぶつかってしまった。
「きゃっ!」
当たり負けてしまい、私はその場で尻もちをつく。
そしてぶつかってしまったお相手の方を恐る恐る伺うと、そこに立っていたのは強面の男性の方と見た目が派手な女性の方だった。
頭の中が、真っ白になった。
「おい、どこに目付けてんだよ! 危ねぇだろうが!」
「す、すみません……」
「痛った~い。もしかしたら骨折したかも~」
「す、すみません……」
「謝罪とかいらねぇんだよ! さっさと慰謝料百万寄こせや!」
「そ、そんな大金は……」
「無理とは言わせねぇよ? お前のせいで俺たちが生活できなくなったらどうすんだよ!」
「それは……」
ダメだ、逃げる手段がない。
周りに人はいるけど、誰も面倒事には関わりたくないと見て見ぬふりをしている。
でも、百万なんて大金支払えない……。親になんて説明したら……。
私、どうしたら——————
「——————大丈夫ですよ。支払う必要はありません」
この声、もしかして……。
声の方を伺ってみると、そこには彼女——————岬守美彩が微笑みながら立っていた。
「美彩……さん? どうしてここに……」
「ただの感ですよ。ところで、水瀬さんはゲームセンターに良く来られるのですか?」
「い、いえ、今日が初めてで……」
「そうなんですね! 私も初めて来たのですが、ゲームセンターって随分と騒がしい場所なんですね」
何事もないように辺りを見渡す美彩さんだったけど、私も、目の前のカップルも、その言葉の意味が理解できていた。
「お前さ、俺らが騒がしいって言いてぇの?」
「はい、そう言っています」
「てかさ、部外者が何を言ってんのって感じ~。私らコイツと話してんだけど~」
「知らないんですか? 正当な判決を下すには、中立の第三者の存在が必要なんですよ?」
「はぁ? お前何言って——————」
男性の言葉を遮るように、美彩さんがスッとスマホを取り出す。
「ここに録画と録音データが入ってます。店内の防犯カメラと照らし合わせれば、お二人の言い分もきっと証明できますよ。もっとも、お二人の話が真実であればの話ですけどね」
美彩さんが辺りを見渡してたのって、防犯カメラの位置を確認するためだったのか……。
というか、本当に中学生?
手際が良すぎて怖いんだけど……。
「言いがかりをつけるにしても、もう少しまともな理由を考えた方がいいですよ? 骨折したらそんな平然としていられないでしょうし、骨折のせいで生活費が払えなくなるのなら、そもそもゲームセンターに足を運ぶこと自体間違えてます。人の趣味をとやかく言うつもりはないですけどね」
「お前っ!」
「これ以上はやめた方がいいですよ? 営業妨害になりますし、それにそろそろかと」
「は? 何を言って……」
女性が言葉を放ったその直後、ゲームセンターの入口から一人の警察官が足早にこちらへと向かってきた。
「ちっ、早く帰るぞ」
「待ってよ~」
そして二人は、警察官と鉢合わせないように遠回りして店から出て行く。
録画されている以上、逃げても無駄なんじゃ……。
「遅いですよ? 一体何をしていたんですか♡」
「いきなり呼び出されて最初に言われる言葉がそれかよ。もっと感謝しろ、感謝を」
「ありがとうございます! もう帰って大丈夫ですよ♡」
「扱いひでぇな!? ったく、俺は何をしにここへ来たんだよ……」
警察官は、ぶつぶつと何かを呟きながら出口に向かって歩いていく。
その背中を見届けながら、私は美彩さんに尋ねた。
「美彩さん、あの警察の方と仲が良いんですか?」
「あれ、コスプレですよ」
「……コスプレ?」
コスプレってあれだよね。
職業柄に合わせて衣類を着る、あれのことだよね?
ってことは、さっきの人は本当の警察官じゃないってこと?
「はい、あの人は実の兄なんです。私が事前にお願いして警察官のコスプレをしてもらいました」
「……美彩さんはもしかして、心が読める超能力でも持っているんですか?」
「ふふっ、水瀬さんでも冗談言うんですね」
いつものように微笑んでいるけど、私的には真面目に聞いたつもりだったんだけど……。でも……。
「美彩さん、さっきはありがとうございます。助かりました」
「学友の危機を助けただけですよ。私は当たり前のことをしただけです」
「学友……」
美彩さんは友達だって言ってくれるけど、彼女の心情は私には分からない。
建前ではそう言っているだけで、本当は迷惑だと思っているかもしれない。面倒だと思っているかもしれない。
他人の本心は、私には分からない。
「水瀬さん、人生はコスプレなんですよ?」
「……えっと、何の話でしょうか?」
「お昼休みに話せなかった話の続きです」
ドキッと心臓が跳ねる。肩が僅かに揺れる。
きっと、美彩さんには気づかれている。
それでも彼女は、何事もないように話を続けた。
「さっきの兄で例えるなら、私たちの目に映るのは警察官。でも、その中の人が何を思ってその偽物を装ったのかは本人にしか分からない。だから人生はコスプレなんです。自己欲求さえ満たせれば、あとはどうだっていいんです」
「でも、私は過去に間違えて……」
「それは第三者が決めた事でしょう? 水瀬さん自身が良かれと思ってしたことは、きっと自分にとっては正しいことなんです。だって、自分の気持ちは自分にしか分からないんですから」
そうだったとしても、自分の過去の行いが正しかったと断言することが出来なかった。
だから私は、今でもこの本性に悩み続けている。
「まあ、すぐに解決は難しいですよね。水瀬さんの本性——————思い込みの激しさでは」
「どうしてそれを……っ!」
「言ったでしょう? 私は何でも知っているって。そしてその思い込みのせいで、仕事を、人間関係を、あらゆるものを壊してきたことも」
「本当に、どうやったらそこまで調べられるんですか……」
「んー、強いて言うなら、情報の目と言ったところでしょうか?」
言われたところで、何も分からない。
問い詰めたいことは山々だけど、美彩さんの雰囲気からして、これ以上のことを話すつもりはなさそうだ。
「か、仮にそうだったとして! なんで、こんな面倒くさい私に関わるんですか……」
恐る恐る美彩さんに尋ねる。
怖くて彼女の顔を真正面から見ることができない。
そして耳に飛び込んできたのは、身を切り裂く言葉……ではなく、ただの微笑だった。
「ふふっ。そんなの、友達になりたい以外なくないですか?」
「そんな、簡単に……」
「世の中って大体は簡単ですよ? それぞれが思い悩んだ結果、難しくなっているだけなんです」
そして美彩さんは、私の両の手を優しく取る。
「最初から信じてくれとは言いません。疑ってもらっても構いません。それでも私は、水瀬さんにどんな過去や本性があったとしても、心の底から友達になりたいと思ってますよ」
「……本当に、面倒くさい人間ですよ?」
「構いませんよ。私だって面倒くさい人間ですし」
「時には、美彩さんを傷つけるかもしれませんよ」
「人間、生きてれば誰だって傷つけますよ。水瀬さんに限った話ではありません。もしかしたら、私も水瀬さんのことを傷つけるかもしれません」
「……何ですか、それ」
「事実を言ったまでですよ」
互いに、自然に笑みがこぼれる。
初めてかもしれない、自分が自分のままでいいと言ってくれた人は——————
でも不安が、怖さが、完全に消えたわけじゃない。
それでも、
いつか、必ず……。
「せっかくなので、記念にプリクラでも撮っていきませんか?」
「わ、私、使い方とか知らなくて……」
「大丈夫です。私も知らないので」
笑い合って、私と美彩さんは仲良くプリクラの中へと入って行った。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
番外編はこれにて完結ですが、
本編はまだまだ続きますので、今後ともよろしくお願いいたします!




