第4話 彼女の笑顔
「ここ、ですか……?」
「はい、そうですよ」
美彩さんが言うからには、ここで間違いないのだろう。
今、私の目の前には教室の扉より一回りも大きく作られた扉がある。
美彩さんに案内されるがままやってきたけど、この重厚感、ただの部屋の入口ではないことは確かだ。
いや、人は八割以上の情報を視覚から得ていると聞いたことがある。
私がそう感じたのも、頭上にあるクラスプレートを見てしまったからなのかもしれない。
——————『生徒会室』
確か、彼女は学校では顔が広いと言っていたはずだ。
顔の広い人間が選んだとっておきの場所。それが生徒会室となると正体は明らかだろう。
「美彩さんは、もしかして生徒会長だったりします?」
「あれ、言ってませんでしたっけ?」
てへっといたずらっぽく笑う美彩さん。
可愛い……って、そうじゃなくて!
コホンッと咳払いをした後、私は話を本筋に戻す。
「生徒会室って、こんな私用みたいな感じで使っていいんですか?」
「本来はダメですね」
「ダメなんですね」
「えぇ。ですが、活動実績を認められている私だけ特別に許されているんです」
「さすがですね……。私と同い年とは思えないです」
「そんなことはないですよ。使用と認めてくれないと、もう働きませんって駄々をこねただけですから」
美彩さんはうふふっと上品に笑っているが、私には同調して笑う資格なんてない。
結果がどうであれ、美彩さんには交渉に足りうる積み上げてきた実績が確かにあるのだ。
それに対して、私には——————何もない。
あるとば、それは醜い本性だけだろうね。
「……水瀬さん? どうかされましたか?」
「い、いえ! なんでもありません!」
「……そうですか。では、早く昼食にしましょうか」
ニコッと微笑んでから部屋に入っていく美彩の後に続いてゆっくりと入っていく。
……何ここ。
真っ先に思い浮かんだ言葉がそれだった。
いや、ある程度の予想はしていたんだけど、まさか予想をここまで裏切ってこないことに驚きを隠せなかった。
一言で表すのなら、まさに王室。実際には見たことないけど。
例えるなら——————
「テレビで見そうなお部屋ですよね?」
「え、えぇ。そうですね……」
「……水瀬さん、どうかされましたか? 顔色、真っ青ですよ?」
「……へ?」
ふと、右側に置いてあったスタンドミラーに映る自分の姿が目に入る。
元々色白だったけど、さらに白く、他の人の目からしても異常なほど顔色が悪かった。
気分が悪いわけじゃない。一体、どうして……。
「そういえば、もうお仕事はされていないんですか?」
美彩さんが、これまでと同じように微笑みながら問うてくる。
「……え?」
「すみません、言葉が足りませんでしたね。もう、テレビのお仕事はされていないんですか?」
美彩さんに言われて、自分の身体から熱がスッと引いているのにようやく気が付いた。
自分ではまるで気が付かなかった。
自分の意思とは別に、身体が、心が、テレビというワードを拒絶していたんだ。
テレビ業界であった悪夢を、無意識に忘れようとしていた。
いや、それよりも……。
「み、美彩さん。どうしてそれを……」
「どうして、と言われましても……。ただ、知っていただけとしか」
「知っていただけって、五年以上の前の話、ですけど……。それに……」
「私は何でも知っているんです。元子役の水無川水瀬さん」
おかしい、明らかにおかしい。
確かに私は、五年以上前に子役として何度かテレビに出ていた。
でも、誰かに覚えていてもらえるような有名な子役じゃなかったし、活動期間もある事件がきっかけで長く続かなかった。
そう、私の過去を、子役時代を知るのはまず不可能なはずなんだ。
もし、知り得る手段があるのなら——————
「—————美彩さんは、もしかして……」
「いえ、私に子役時代なんてありませんよ。テレビに出たことも一度もありません。さらに言うと、家族にテレビ関係者もいません」
「おかしい、おかしいよ……。だって、そんなこと……」
「ふふっ。おかしなことなんて、何一つありませんよ? 〝情報〟というのは、何か行動を起こせば必ず残ります。なかったことにはできないんですよ?」
尚、美彩さんの調子はこれまでと何も変わらない。
ただ、単調に会話をしているだけ。
なのに、それなのに、別人と会話しているみたいで怖い。生きている心地がしない。
一体どこまで知っている?
彼女は何でも知っていると言っていた。
私のこれまで送ってきた学校生活のことも知っている可能性だってある。
もしそうなら、私の本性のことなんてとっくに——————
「えぇ、知っていますよ」
心を読まれたことに、思わず肩が大きく震える。
なら、私と関わる意味が分からない。何か企んでいるとしか……。
もしかしたら、彼女は私を利用して何かをするつもりなのかもしれない。
この学校での彼女の立ち位置は、名実ともにトップクラスといっても過言ではない。それはこの目で見てきた。
その彼女の生徒会長としての信頼と実績、行動力があれば、正直何でもできるだろう。
私の過去を知ることが出来ているのだから、出来ても何一つ不思議じゃない。
私の利用価値……なんて思いつかないから、余計に彼女が恐ろしい。
「そんなに怯えなくても、誰かに言うつもりはありませんので大丈夫ですよ。水瀬さんを救うために必要だっただけですから」
「私を、救う……?」
「えぇ、そうです。そのためには、あなたがあなた自身と向き合う必要がある。でも、心の弱い人は向き合う行為自体そのものを拒む。違いますか?」
……何も言い返せなかった。言い返す言葉が出てこなかった。
私はただ、黙って両の手に拳を作ることしかできなかった。
「だから、私が暴くんです。他の誰でもない、救われたいと願っているあなたがそれをしないから」
彼女が一歩、また一歩と近づいてくる。
「暴かれる覚悟はできてますか? ……もう、暴いてますけどね」
そう言って、彼女はニコッと微笑む。
そして私は——————考える間もなく逃げた。
現実から、過去から、目を背けるように、彼女を一人置いて生徒会室から逃げ出した。
今でも、あの笑顔が頭から離れない。
彼女の微笑みは、エンジェルスマイルなんかじゃない。
私の目には、デビルスマイルに映った。




