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帰ってきたカレンの生活



受付カウンターに立つ自分の口角が、筋トレでもしているのかというくらい固定されているのを感じる。


「いらっしゃいませ」

「こちらをご記入ください」

「お待ち合わせは――」


声だけは完璧にやわらかい。

内心は、砂漠。オアシスないし。


乾いて、ひび割れて、水をやってもすぐ蒸発する感じ。


予約時間までの、ほんの少しの空白。

その「余白」を見逃さない人間は、必ずいる。


斜め前で書類を持った営業の男性が、やたら世間話を振ってくる。

名刺を出すほどでもない距離感。

いちばん面倒くさいゾーン。


「受付のお姉さんって大変ですよねぇ。

 彼氏さんとか、やっぱり多いんじゃ――」


はい出た。

そういうやつ。


笑顔は崩さない。

崩さないけど、心の中でちゃぶ台を返す。


――仕事中ですけど?

――書類、書けよ?

――恋愛トークは窓口違いです。


「いえいえ、そんなことないですよぉ」


自分の声が、自分の声じゃないみたいに聞こえる。

鏡の中だけの「受付モード」。

よくやるよ、アタシ。


次の人にも声をかけられる。

その次も。

世間話、ちょっとした愚痴、なぜか恋愛相談の入口みたいなやつ。


はいはい。

聞くけど。

仕事だから聞くけど。


でも心の奥底で、ぽつりと、つぶやいてしまった。


――もしかして、これ。


異世界でも現実でも、引き寄せのスキル、発動してるんじゃないの?


好意とか、依存とか、めんどくさいテンションだけ、アタシに磁石みたいに寄ってくる仕様。


ゴブリンが「カレンさまスキスキ」って群がってきたあの光景が、ふっとよみがえる。


「あれは仕事だから許したんだけど」


小さくつぶやき、すぐに笑顔で上書きする。


「お待たせいたしました。こちらへどうぞ」


仕事は続く。

受付の仮面も続く。


誰かに優しくするたび、自分が少しずつ削れていく感じがする。


でも、手首の裏のかすれた文字が、スーツの袖の下で静かに主張していた。


――これは夢じゃないから。


心の中でだけ、ほんの少しだけ素直に付け足す。


推されるの、べつに嬉しくなんかないし。


……ちょっとだけなら、まあ、悪くないけど。


お願い。引き離しのスキルをお与えください。


誰に?

――王様でいっか。猫のルシアン探してあげた実績あるし。


『王様。引き寄せじゃなくて、引き離しスキルください。

 ついでに、厄介なやつ限定でぶん殴るスキルもください』


退勤後、洗面所で顔を洗う。

冷たい水。

思い切って、顔を沈めて――


カレンは叫んだ。


「みんな!アタシを軽く扱うなぁ――ばっっかやろうぅぅ!!」


声は水に吸い込まれて、泡になって弾けた。


顔を上げる。

鏡の中の私は、目の端だけ、少し赤かった。


それでも背筋は、ちゃんと伸びている。


――明日も、受付に立つ。

でも、アタシはアタシだ。


***


寝返りを打った瞬間、背中が冷たかった。

……汗だ。最悪。夜中なのに、シャワー浴びた後みたい。


夢を見ていた。

いや、夢であってほしい。


できれば二度と再放送してほしくないタイプのやつ。


場所は森。

やたら緑が主張してくる、濃すぎる森。


木々が頭上で絡まり合っていて、空なんて三角形の切れ端みたいにしか見えない。


その真ん中で、アタシは座らされていた。


椅子——というより、完全に玉座。

背もたれが派手に曲線で、いかにも「偉い人どうぞ」って感じのやつ。


別にアタシ、偉くない。


なのに、ぐるりと取り囲まれていた。


ゴブリンに。


目をきらっきらさせた、ゴブリンに。


「カレンサマー!!」

「スキ!スキ!」

「ニクよりスキいぃ!」

「オセる!!」


語彙は現代寄りなのに、アクセントだけはあいつらのもの。

気持ち悪い。


彼らは背丈こそ小さいけれど、テンションは高い。

小さな牙を見せて笑いながら、両手をこちらへ伸ばしてくる。


いやいやいや。近い。距離感おかしい。


「やめなさいって言ってるでしょ!触るな! 囲まないで!!」


アタシは立ち上がり、怒鳴った。


怒鳴ったのに——


さらに盛り上がった。


「叱られるのも推せる!!」

「怒り顔も尊い!!」

「今日の語録、保存したい!!」


なにこの需要の方向性。


……ん?

いつの間に現代調になってる?


こいつら、絶対どこかでインターネット覚えてきたでしょ。


「推すな!!文化持ち込むな!!解散よ!!」


手を振り払って逃げようとした瞬間、背中に何か柔らかいものがぎゅっと押しついた。


「カレンさま、大好き」


耳元で言われた。


ぞわっ。


背骨に冷たいものが走り、息が詰まる。


「やめろって言ってんでしょ!!」


叫んだ瞬間——


目が覚めた。


天井。白い。

現実。


息は荒いし、心臓はドドドドとうるさいし、髪は汗で頬に張りついている。


「……なにこれ。ホラーじゃないのにホラーなんだけど」


枕を抱え、しばらく前屈みになる。


夢だ。

夢……のはず。たぶん。


いや、「たぶん」とか言ってる時点で不安なんだけど。


腕を見る。


手首の裏側。

そこには、薄くなった文字が、まだかろうじて残っている。


――これは夢じゃないから。


ペンで書いたやつ。

帰る前、震える手で書いたやつ。


指でなぞる。

インクはにじんで、線はかすれているのに、意味だけはくっきり残ってる。


夢じゃない。


アタシは本当に行った。


森も、城も、変な生き物も、本当にあった。


そして、ゴブリンに囲まれて、叫ばれるほど「好き」と言われたのも、本当にあった。


「……笑えないんだけど」


口元が勝手にゆるんで、すぐ引き締めた。


心臓の音はまだ速い。


怖いわけじゃない。


ただ、くすぐったいような、落ち着かないような、変な気持ち。


「推すなって言ったでしょ。脳内で勝手に推すな。ファンクラブ作るな」


誰もいない部屋に向かって忠告してみる。


当然、返事はない。


ここは現実。


六畳と本棚、観葉植物がひとつ。

社会人25歳の普通の部屋。


でも、カーテンの隙間から入った風がレースを揺らしたとき、少しだけ葉擦れの音に似ていた。


「……はぁ」


ベッドから立ち上がる。足がだるい。

夢の中で走った気分が、体に残っている。


洗面所で顔を洗う。


鏡の中の自分は、寝癖とクマがコラボしていた。


受付係の仮面をつけるには、まだ数工程必要そう。


仕事。


今日も、笑顔。


どうでもいい話を振られて、無駄にチヤホヤされて、名刺を要求されて、飲み会に誘われて――。


「ふざけんなって思いながら、笑顔で『ありがとうございますぅ 』」


自分に言って、苦笑いする。


でも。


手首の裏の文字が目に入る。


――これは夢じゃないから。


それを見ると、胸の奥がすこし軽くなる。


異世界に行った。


変な連中に囲まれて、なぜか推されて、腹が立って、ちょっと嬉しくて、泣きそうになって、また笑った。


全部、本当にあった。


「……よし」


顔をタオルで拭いて、深呼吸する。


今日はちゃんと起きよう。


ちゃんと仕事して、ちゃんと現実を踏みしめて、それでも忘れないでいよう。


ゴブリンの声は遠くなっていく。


でも完全には消えない。


――カレンさま――!!


脳内にだけ、まだ元気。


「推すなって言ってんでしょ」


笑いながら、小さくつぶやいた。


そしてアタシは、出勤の準備を始めた。


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