引き寄せのスキルとプリン
起き上がったカレンが、一瞬、状況を理解できない顔で固まった。
次の瞬間、目をこれ以上ないほど真ん丸にする。
「なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
森の焼け跡に、
甲高い絶叫が響き渡った。
「ちょっとぉーーーーー!」
「あんたぁぁぁ!!」
カレンは自分の体を見下ろし、次にドレスの裾をつまみ上げる。
「アタシのドレス、どうしてくれんの!」
「レースが焦げてんだけどぉ!!」
黒く縮れたレースが、無残に垂れ下がっていた。
優斗は、周囲の焼け野原を一度だけ見渡したあと、ぽつりと言った。
「……気にするとこ、そこなんだ」
「そこよ!」
「女の命でしょうが!」
カレンは地団駄を踏み、怒りに任せて叫ぶ。
「あんたに、はぷんては早すぎたのよ!」
「このドジ男!」
「だったら、君がやってみたらいいじゃん」
優斗は、半ば投げやりに返した。
「アタシのほうがマシよ」
「たぶん」
「……きっと」
そう言い切ると、カレンは頬を真っ赤にして胸を張る。
「いい?」
「アタシの言うことを聞きなさい」
「この魔石の主よ」
彼女は、優斗から魔石をひったくるように受け取った。
そして、大仰に腕を振り上げる。
「出でよ――」
「はっぷーんて!」
――――――……。
……。
沈黙。
風が、
焼け焦げた大地を撫でる音だけがした。
「……え?」
カレンの声が、急に弱くなる。
「……あ?」
その瞬間。
足元の土が、もぞり、と動いた。
「……え?」
次の瞬間、地面が、生き物のように波打つ。
へび。
ムカデ。
モグラ。
土の中から、
ぞろぞろと這い出してくる。
「……ちょっ」
理解する前に、カレンは叫んだ。
「ぎゃあああああああぁぁぁぁぁ!!」
へびが足元をすり抜け、
ムカデが靴に張り付き、
モグラが土を弾き飛ばす。
「なにこれなにこれなにこれぇぇ!!」
「聞いてない! こんなの聞いてない!!」
パニックになって飛び跳ねるカレンを横目に、
優斗は、そっと一歩、距離を取った。
「どうやら――」
落ち着いた声で、状況を整理する。
「君の『引き寄せ 』発動したみたいだね」
「はぁ!?」
「何それぇぇぇ!!」
「森が焼けちゃって、人も生き物もいなくなったから……」
優斗は、地面から次々と現れる生物を見つめた。
「地下にいた生き物を、全部引っ張ってきたんだと思う」
「聞いてないぃぃぃ!!」
「止めてぇぇぇ!!」
カレンは涙目で叫びながら、必死にへびを蹴り飛ばす。
「はぷんて! 戻して!」
「撤回! 今のナシ!」
だが、魔石は何の反応も示さない。
優斗は、焼け跡と、蠢く生き物たちを見比べて、小さく息を吐いた。
(……やっぱり)
(はぷんては、使う人の都合なんて、考えてくれないんだ)
「カレン」
「なによぉぉ!!」
「……次からは、順番に使おうか」
「当たり前でしょぉぉ!!」
叫び声と、土を這う音だけが、焼けた森に響き続けていた。
***
すっかり、くたびれ果てていた。
今日は、もうダメだ。
心も体も、限界だった。
これ以上、魔石だの王命だのを考える気力はない。
――だから。
卵とミルク。
ハチミツ。
優斗は、それだけを思い浮かべた。
(これを、作るしかない)
火を弱め、ゆっくり混ぜて、焦がさないように気をつける。
考えなくていい作業が、今はありがたかった。
しばらくして、小さな皿の上に、ハート型のプリンが並んだ。
不格好だけれど、ちゃんと固まっている。
「なにそれ」
いつの間にか、カレンが背後から覗き込んでいた。
「……プリン」
「ふーん」
少し首を傾げてから、彼女は当然のように言った。
「私にも、ちょうだい」
優斗がスプーンを差し出すより早く、カレンの手が伸びた。
スプーンが、ぐさり、と刺さる。
ハートは一瞬で形を失い、ぐちゃりと崩れ落ちた。
「あ」
優斗が声を出す前に、カレンは気にも留めず、ぐるぐるとかき混ぜる。
そして、一気に口に運んだ。
もぐもぐと咀嚼して、すぐに飲み込む。
「おいしい」
その一言だけ。
優斗は、何も言わず、もう一つ残った皿を見下ろした。
崩れていない、小さなハート。
(……まあ、いいか)
少し間を置いて、優斗は静かに言った。
「……おいしいなら、よかった」
カレンは、もう一口すくおうとしていた。
そのタイミングで、優斗は続ける。
「それ、さっき倒したスライムの」
一瞬。
カレンの動きが、
完全に止まった。
「……は?」
次の瞬間、顔色が、さっと青ざめる。
「ちょ……」
「え?」
よろけるように椅子から立ち上がり、口元を押さえた。
「うっ……」
吐き気をこらえるように、背中を丸める。
「ちょっと待って」
「今の、どういう意味?」
優斗は、何も答えない。
ただ、黙ったまま、彼女を見ていた。
カレンは震える声で叫ぶ。
「ちょっとぉ!」
「冗談でしょ!?」
「ねぇ、優斗!」
「嘘って言いなさいよ!!」
優斗は、視線を逸らしたまま、沈黙を続ける。
それが、答えだった。
「――っ」
カレンは、完全に言葉を失った。
胃のあたりを押さえ、しばらくその場で固まる。
「……」
やがて、かすれた声で呟いた。
「……最低」
優斗は、何も言わなかった。
言い訳も、説明も、慰めもなかった。
ただ一つ確かなのは。
今日一日で、カレンはもう二度と、「正体不明の手作り料理」には
手を出さないと誓ったことだけだった。
そして、優斗の復讐は、静かに、完璧に成功していた。




