王様への報告
広場で踊っている場合じゃない。
嫌な事を忘れたように頼みを聞いていたけど、逃れられない。
優斗は、歩きながら、ずっと同じことを考えていた。
――王様に、なんて言えばいい?
ドラゴンは、人を襲う怪物ではなかった。
むしろ、何千年も一人で生き残ってしまった、孤独な存在だった。
腹を空かせ、帰る場所を探し続けて、それでも動けずにいた。
……なんて。
そんな話を、王様が信じるはずがない。
(下手をしたら、「危険だから討伐しろ」で終わりだ)
そうなったら。
ドラゴンも、モグラたちも、巻き込まれる。
「ねぇ」
前を歩いていたカレンが、ふいに足を止めた。
振り返らずに、言う。
「あんた、また全部正直に言う気でしょ」
優斗は、ぎくりとした。
「……だって」
言いかけて、言葉が続かない。
「ダメ」
即答だった。
振り返ったカレンの顔は、冗談を言っている顔じゃない。
「それやったら、あんたもアタシも死ぬわよ」
優斗は、思わず足を止めた。
「でも……」
「嘘をつくのも……」
「半分よ」
カレンは、肩をすくめる。
「全部嘘はダメ」
「でも、全部本当もダメ」
「世の中、だいたいそうやって回ってるの」
後ろから、もそもそと足音がした。
ゴブリン隊長が、少し丸くなった腹を押さえながら、真剣な顔でうなずく。
「ドラゴン ワルクナイ」
短く、はっきり。
それから、少し考えるように首を傾げて。
「デモ」
「ニンゲン コワイ」
その言葉に、優斗は、はっとした。
――ああ。
同じなんだ。
ドラゴンも。ゴブリンも。そして、自分たちも。
知らない相手が、ただ怖いだけ。
「……わかった」
優斗は、小さく息を吸った。
胸の奥で、何かが決まる。
「王様には、こう言う」
言葉を、一つずつ選ぶ。
――ドラゴンに攻撃性はない。
――こちらが攻撃しなければ、何もしない。
――王国が危機に陥れば、
力を貸す意思がある。
――そのために、
定期的な食料が必要だ。
事実だけど、全部は言っていない。
でも、嘘でもない。
「それ、嘘?」
カレンが、横目で見た。
「……半分」
「上出来じゃない」
そう言って、カレンは歩き出す。
その背中は、いつもより少しだけ、頼もしく見えた。
優斗は、その後を追いながら思う。
――僕は、剣も、強い魔法もない。
でも。
話を聞いて、言葉を選んで、間に立つことくらいなら。
この世界でも、できるかもしれない。
優斗は、一度だけ振り返り、心の中でつぶやいた。
――ちゃんと、つなぐから。
だから、もう少しだけ、待っててくれ。
***
長老の私室で、帰還の挨拶をすることになった。
扉をくぐった瞬間、
外とはまるで別の空気が流れているのが分かる。
静かだった。
音が、吸い取られるように消えていく。
部屋は広くない。
だが、無駄なものが一切ない。
壁には古い地図。
棚には、年代の分からない書物。
机の上には、
使い込まれた羽ペンが一本だけ置かれていた。
香木の匂いが、
ほのかに漂っている。
落ち着くはずなのに、
胸の奥が、じわじわと重くなる。
長老は、すでに椅子に腰掛けて待っていた。
年老いているはずなのに、
背筋はまっすぐで、
その視線には一切の濁りがない。
「あなたがたのことは、
ゴブリン飛脚より伺っております」
淡々とした声だった。
「長旅、ご苦労様でした」
一拍。
「ご無事で、何よりです」
その言葉に、優斗はわずかに肩の力を抜いた。
……が。
「……えっ」
横で、カレンが思わず声を漏らす。
「あいつら、偵察もしてたんだ」
「さすがサルだね」
場の空気が、ほんの一瞬だけ揺れた。
その前に、優斗が一歩前に出る。
カレンの言葉を遮るように、丁寧に、深く頭を下げた。
「いろいろと、ご心配をおかけしました」
喉が、少し乾く。
「王様に、お伝えすることがございます」
長老は、小さく咳払いをした。
咎めるでもなく、
急かすでもなく。
ただ、すべてを見通しているような目で、二人を見ている。
「……承知しました」
「王様が、お待ちです」
それだけを告げると、長老は視線を扉へ向けた。
追及も、質問もない。
そのことが、かえって重かった。
優斗は、胸の奥に沈む感覚を抱えたまま、もう一度、頭を下げる。
――言うべきことは、決まっている。
――全部は、言わない。
――でも、嘘だけにも、しない。
それが、半分の真実であり、半分の嘘だということを。
この部屋にいる誰も、まだ知らない。
扉の向こうで待つ王に、どう受け取られるのかも。
ただ一つ確かなのは。
ここから先は、もう後戻りできない、ということだけだった。




