ドラゴンの告白
ウードンをたらふく食べ終えたドラゴンが、こちらをギョロりと一瞥した。
大きく息を吐き、低い声で告げる。
「お前たちは、運が良かった。このダンジョンから生きて戻れた者は、まずいない。ここは――入るたびに、姿を変える」
「ひどい時には、ゴーレムや魔法使いが出てくる。お前たちのときは下等生物だけだったから、生き残れたのだ」
ドラゴンは鼻で笑った。
「それに……お前たち、この国の者ではあるまい。匂いで分かる。魔石に助けられたな。今は、お前たちが持っているのだな」
優斗はドラゴンの言葉の真意までは分からなかった。
ただ――ゴーレムに叩き潰されたり、魔法で骸骨に変えられたりするのだけは、ごめんだ。それだけは、本能で理解できた。
カレンが、ぶるりと身震いする。
「よかった……魔法を食らってゴブリンになったら、泣くところだったわ」
「悩むの、そこ?」
我に返る。
――僕も、今まさに同じことを考えていた。
ドラゴンは語り続けた。
それは咆哮でも、威圧でもない。長い時間を生き延びてしまった者だけが持つ、重く、静かな声だった。
「我が先祖――ティラノサウルドンは、六千六百年前に、滅んだ」
その名を口にした瞬間、洞窟の奥の空気が、わずかに震えた気がした。
「巨大な隕石が天より落ち、大地を焼き、空を裂いた」
ドラゴンは目を閉じる。
「無数の塵が舞い上がり、それは大気を覆い尽くした。太陽の光は遮られ、世界は急速に冷え込んだ。作物は実らず、獲物は姿を消し、命は次々と途絶えていった」
――絶滅。
それが、ただの歴史用語ではないのだと突きつけられる。
「我らは、滅びた」
短く、断言する。
「……だが。一匹だけ、奇跡的に、生き残った者がいた」
それは、希望だったのか。
それとも、呪いだったのか。
「だが、その身体は、もはや生を保てるものではなかった。肉体は朽ち、鼓動は失われ、それでも――完全には、消えなかった。太陽から降り注いだ光彩と、大地に残された力が、化学反応を起こしたのだ」
ドラゴンは、ゆっくりと目を開く。
「その存在は、ドラゴン未分子を復活させ、その後、魔石へと姿を変えた。記憶を、意志を、帰る場所への執着を抱いたままな」
その魔石――**『ドラゴン聖母』**は、ドラゴン王国の秘宝となった。
王国にとって、それは力であり、同時に恐怖でもあった。
「扱える者は、ほんの一部。その一部の大魔法使いでさえ、恐れて詠唱を避けた。力があるからこそ、制御できぬことを知っていたからだ」
だが、秘宝は王国の外へ流出した。
「魔石さえあれば、国を守り抜けると、考えたのだろう。……愚かなことだ。アルミナは、不幸だった。魔石を手にしてしまったが、扱えなかった。詠唱者は現れず、研究は停滞し、やがて――古びた小屋に、放置された」
忘れられた秘宝。だが、それは眠ってなどいなかった。
「覚えておけ。魔石には、意志がある。人が魔石を利用しているつもりでも、事実は逆だ。魔石が、お前たちを利用していたのだ」
詠唱に、呪いの祈りが混じれば、詠唱者の命は確実に消滅する。
例外はない。原則は、絶対だ。
「……今回、その者が助かったのは、奇蹟に過ぎぬ。魔石は、帰ろうとしたのだ。その者を通路として。その者の意志と身体を、媒介としてな」
ドラゴンは、胸の奥から深く息を吐き、最後の一節を告げた。
「この魔石の、本当の名を――『ミーアシセピオラタルーダ』」
長く、重い名。
それは、世界に残された未練、そのもののように響いた。
ふたりは、あまりに不思議で壮大な物語に、気後れし、慄いた。
急に力が抜けて、優斗は、うどんではなく、なぜかプリンが食べたくなった。
(――長い。これを正確に唱えられる人間、いるんだろうか)
「『はぷんて』の魔石なんて間抜けな名前をつけられて、怒っているわね」
カレンは、震えながらも、ちょっと笑った。
***
ウードンの山をそのまま残して、一行はダンジョンを後にした。
洞窟を出ると、外の空気はひどく軽く感じられた。
さっきまであれほど近くにあった圧倒的な存在――ドラゴンの気配は、もうない。
きっと今頃は、ウードンをたらふく食べて、土の中に潜って眠っているのだろう。
踏みしめた地面が、かすかに温かいだけだった。




