その名はウードン
カレンは相変わらず、長い髪の先を指に絡めながら、
どこか冷めた声で言った。
「この国の連中、みんな腹が減ってるのね」
優斗は、必死に考えた。
――みんなが、
――満腹になる方法。
けれど、頭の中は空っぽだった。
「はぁ……」
思わず、ため息がこぼれる。
「僕、魔導士じゃないからな」
高度な魔法も、国家規模の解決策も、何ひとつ思いつかない。
するとカレンが、当然のように言った。
「あんたには、アレがあるじゃん」
「……はぷんての魔石のこと?」
優斗は、暗い気持ちでつぶやく。
あの魔石。
便利で、強力で、そして――怖い。
「怖いんだよ」
「僕には、自信がない」
制御できる保証もない。
何が起きるかも分からない。
「派手に唱えればいいじゃない」
カレンは、即答だった。
「とにかく、それしか方法ないでしょ」
「……そうだね」
優斗は、ゆっくりとうなずく。
「気乗りしないけど……」
「それしか、ないよね」
そのとき。地の底から、岩を擦るような低い声が響いた。
「……早くしないと、縮んでしまう」
ドラゴンだった。
「待ってください」
「もう少しだけ……」
優斗は、覚悟を決めた。
――もう、
――魔石を使うしかない。
必要なのは、派手な詠唱。
中学二年のとき。カレンを倒そうとして、
真剣に考えた、あの黒歴史じみた言葉。
――なんだっけ。
考え込む優斗。
「あんた、遅いわよ!」
カレンが怒鳴る。
「ドラゴンが、とかげになっちゃうわよ!」
優斗は、意を決した。
「天と地、山と海――」
声が、洞窟に反響する。
「全知全能の神々よ。我が怨魂をかけて……」
一瞬、言いよどむ。
「……カレン……じゃなくて!」
「この憐れな空腹ドラゴン様に、美味しい食べ物を――」
両手を広げ、地にひざまずく。
「ご馳走として、与えたまえ!」
「お願いします……」
「はぷんてーーーーーーーっ!!」
――間。
――間。
――間。
静寂。
「……え?」
「何も起きないじゃない」
カレンが腕を組む。
「また、しくじったわね」
そのとき。
――ぉ?
ゴブリン隊長の目が、忙しく泳ぎ始めた。
「ナンか……」
「ナンか……」
「オチて……」
次の瞬間。
空から、白いものが――
ニョロニョロ。
ニョロニョロ。
「……?」
ドサッ。
ドドドドドドドドドドドドーーーーー!!
洞窟が、白で埋まる。
「なに、これ……」
「ただの……うど――」
優斗は、カレンの言葉を遮った。
一歩、前に出る。
「そうです、ドラゴン様」
胸を張り、はっきりと言った。
「これは、とても素晴らしい食べ物です」
「名前を――」
一拍おいて。
「ウードンと、言います」
洞窟には、湯気と、希望と、腹の音が満ちていた。
ドラゴンは、大きな目を見開き、ゆっくりと牙をむいた。
その視線の先には、山のように積み上がった、
白くて湯気を立てるウードン。
「……なんか、うまそうだな」
低く、腹の奥から出た声。
「ゴブリン。それ、食べてみろ」
指名されたゴブリンたちは、すでに地面に転がっていた。
「モウ……タベテル……」
苦しそうに、腹を押さえながら、
何匹もが同じようにのたうち回っている。
「ウぐぐ……」
「クルシイ……」
「ノメナイ……」
ドラゴンは、その光景を見て、首をかしげた。
「……なんで、苦しんでる?」
ゴブリン隊長が、必死に息を整えながら答える。
「ドコで……
キッタラ……イイか……
ワカラナイ……」
麺が長すぎる。
噛み切れない。
飲み込めない。
それだけの理由だった。
カレンが、腕を組んだまま、不愛想に言い放つ。
「長いから、仕方ないわね」
「でも、そのうち」
「どこかで切れるでしょ」
ゴブリン隊長は、涙目で首を振った。
「マタ……ツナガル……」
「イノチの…… ホウガ……キレソウ」
優斗が、少し申し訳なさそうに口を開く。
「ウードンは……」
「やわらかいから」
「切って食べると、いいよ」
その瞬間。ドラゴンが、ゆっくりと優斗を見た。
「……このウードンを食べたら」
「どうなる?」
視線は、完全に本気だった。
ドラゴンの瞳が、淡く光る。
――情報確認。
《ウードン》
回復:100
デバフ:
・腹いっぱいの幸福感
以上。
とにかく、
たくさん食べられる。
それだけ。
――確認終了。
優斗は、その内容を知っているが、どう説明すべきか迷った。
少し、もじもじしてから、正直に答える。
「えっと……」
「元気になるし」
「少し、強くなった気がする……と思います」
カレンが、くすくすと笑う。
「ものは言いようね」
ドラゴンは、一瞬だけ考えた。
そして。
「……もういい」
空腹には、勝てなかった。
「ガオー!」
大きく口を開け、ウードンを豪快にすすり込む。
ずるるるる、と洞窟に音が響く。
一瞬の沈黙。
「……ウードン」
「う、うまい」
目を丸くし、素直な感想。
「ゴブリンより、うまい」
ゴブリン隊長は、青ざめて、よろけた。
「……」
優斗は、逆に顔を赤くして、視線を逸らす。
(……やはり、恐ろしい魔石だ)
洞窟の床も、壁も、足元も。
見渡す限り、ウードン。
もはや、
――ウードンダンジョン。
そう呼ぶしかない光景だった。




