登場しました
「どらどらどらどら~♪」
場違いなほど軽い鼻歌を、カレンがご機嫌に口ずさんだ。
その瞬間だった。
――ぐらり。
地面が、ほんのわずかに揺れた気がした。
「……?」
優斗が足元を見る。
ゴゴ……
ゴゴゴ……
低く、地鳴りのような音が続く。
ゴブリン隊長が、急に顔色を変え、後ずさった。
「……?」
そのまま進むと、岩に囲まれた、見渡しの利く広場に出た。
天井は高く、音がよく反響する。
「ドラゴン、ワルクナイ」
ゴブリン隊長が、必死に訴えるように言った。
しかし。
どこを見回しても、ドラゴンの姿はない。
「……いない?」
「ココ、ビスケット、オイトク」
(――なに?)
優斗は首をかしげる。
(食べ物で、おびき寄せるつもり?)
戸惑いながらも、食料袋からビスケットを取り出し、
地面にそっと置いた。
「……あ」
その瞬間。
ゴブリン隊長が、ものすごい速さでそれを拾い、
口に放り込んだ。
「……え?」
「ゴメン、マチガエタ」
もぐもぐしながら、慌てて言い訳する。
「ドラゴン、ワルクナイ。イイヤツ」
――その瞬間。
ズンッ。
地面が大きく揺れた。
岩肌に亀裂が走り、ゴブリン数匹が
悲鳴を上げてひっくり返る。
「……なんか、持ってきたのか?」
低く、地の底から響くような声。
空気が、一気に重くなる。
優斗は、喉を鳴らし、必死に勇気をかき集めた。
「ド、ドラゴン様。はじめまして」
声が震える。
「白井優斗と、
黒咲カレン、
そしてゴブリン部隊です」
――おかしい。
どうして、言葉が通じている?
誰かが翻訳のスキルを……
(……あとで、聞こう)
「そんなことは、どうでもいい」
低い声が続く。
「腹が減って、動けない」
「どこに、いらっしゃるのですか?」
優斗は、周囲を見回した。
「姿が、見えませんが……」
「我はな、地下に潜っておる」
「ひとりでは退屈でな。
もぐらと、遊んでいたのだ」
「……遊び?」
優斗は、思わず聞き返した。
「地下ですることといえば、
かくれんぼに決まっておろう」
「アハハ」
緊張が少し解けたカレンが、笑いながら言う。
「そんな大きなドラゴンが、どうやって隠れるのよ?」
そのときだった。
土の中から、大きな目が、ぬっと現れた。
ぎょろりと、一直線にカレンを見る。
「……っ」
カレンが、一瞬だけ息を呑む。
「我が負ける。必ずな」
「だから、もぐらは喜んで、食べ物を少しくれる」
「それが、我々の遊びだ」
「……ずいぶん、静かな暮らしなのね」
カレンが、ぽつりと呟いた。
「我はな」
低い声が、静かに続く。
「大きな体と、怖い見た目だけで」
「古より、一方的に攻撃されてきた」
「ついには、大魔導士とやらが我に魔法をかけ」
「このダンジョンの奥に、閉じ込めたのだ」
優斗の目が、少し潤む。
「……それでも」
「攻撃は、しなかったのですね?」
「そうだ」
「我が炎を吐けば、この国は一瞬で滅ぶ」
ズズズ……。
土が内側から押し上げられ、
朱色で、ごつごつした巨大な竜の頭が、
ゆっくりと姿を現した。
圧倒的な存在感。
「――なんか、くれ」
その一言が、妙に切実だった。
「腹が、減っている」
洞窟には、静かな沈黙と、竜の空腹だけが残っていた。




