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ハート型



最初の苦情は、拍子抜けするほど軽かった。


広場の端。

簡易の相談所の前で、

優斗とカレンは並んで立っている。


看板には、手書きでこうある。


――苦情係(試験運用)


「……試験運用って」

カレンが呟いた。


「逃げ道かな」

優斗が真面目に返す。


最初の来訪者は、小柄な中年の男性だった。


服装からして、職人だ。


「えーっと……ここで、話せばいいのかい?」


「はい」

優斗が頷く。


「どうされましたか?」


男は、少し言いづらそうに頭をかいた。


「店の料理のことなんだがね」


カレンが、反射的に言う。


「ハート卵?」


「それだよ」


即答だった。


「俺が朝食を作っているんだけどさ」


「どうしても、ハート型にならなくて」


「妻に、なんで今日はハートじゃないの?って言われた」


優斗が、固まる。


「……それは、形を作るのが、少し難しいということですか?」


「ただの不器用じゃん」


カレンが即断する。


男は、真剣だった。


「いや、あの形を見ると、今度こそって思うんだけど」


「やっぱり、ぐちゃぐちゃになってしまう」


沈黙。


優斗は、丁寧に言葉を選んだ。


「……強制では、ありません」


「でも、店が『おすすめ』って」


「ああ……」

カレンが納得する。


「『おすすめ』は、罪ね」


男は、深くうなずいた。


「そうだろ?」


カレンは、さらっと言う。


「ハートは、絶対じゃなくて」


「できたらラッキー、くらいでいいのよ」


男の顔が、少し明るくなる。


「それなら、耐えられる」


「耐える料理って、何だと思うけどね」


優斗が苦笑する。


男は、礼を言って去っていった。


次の人は、若い女性だった。


「お湯漬け、あれは……」


来た。


カレンは、即構える。


「何か?」


「思ったより、お腹が空く」


「それ、苦情?」


「忠告です」


優斗が、真面目に聞く。


「改善点は?」


「具を……強制しないでほしい」


「強制?」


「周りが、『何も入れないのが正解』って言うから」


カレンが、鼻で笑った。


「正解とか、言い出したら終わりよ」


「好きにすればいい」


「卵入れてもいいし、塩入れてもいい」


「昨日は、干し肉入れた」


「……それは、だいぶ別物ですね」


「でも、生きた」


「生きたなら、勝ちです」


女性は、少し安心した顔で去った。


優斗は、メモを見ながら言う。


「今のところ、致命的な苦情は……」


「ない」

カレンが頷く。


「むしろ、生活に入り込んでる」


優斗は、少し考えた。


「……これ、問題なんだろうか」


カレンは、空を見た。


「まだ、軽いうちはね」


「軽い、って?」


「不満が、笑って言えるうち」


そのとき、

遠くで声が上がる。


「おーい!ハート卵、今日はあるかー!」


カレンが、

ゆっくり振り返る。


「……ね?」


優斗は、小さく息を吸った。


「はい。これは、序盤だね」


広場には、まだ平和なざわめきが流れていた。


この時点では、

誰も気づいていない。


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