また苦情係
ふたりのもとに、ゴブリンが跳ねながらやってきた。
「スグ クル トシよりマツ カレンサマ スキ」
カレンは、ぞわっとした。
「……伝達はありがたいけど、スキはいらないわ」
優斗の胸に、嫌な予感がうずまく。
(来るな、これ……)
***
長老の部屋は、静かだった。
本の匂いと、古い石の冷たさだけがある。
二人が前に立つと、
長老は顔を上げずに言った。
「……呼び出した理由は、お分かりですかな」
優斗は、少し遅れて答える。
「はい。あの店の件、ですよね」
「そうです」
紙をめくる音。
「『異国風料理による混乱について』
正式な苦情として、受理しました」
カレンが眉を上げる。
「正式、ってことは」
「個人の不満ではありません」
長老は、ようやく二人を見る。
「この国には、この国の暮らしがあります」
「合わないものが出れば、軋轢は生じるのです」
「……料理が、ですか」
「料理も。思想も、姿勢も、含めて」
優斗は唇を噛んだ。
「迷惑をかけるつもりは、ありませんでした」
「存じております」
即答だった。
「だからこそ、困っているのです」
カレンが腕を組む。
「禁止、ですか」
「いえ」
長老は、首を振る。
「禁止ではありません」
「……じゃあ、何を?」
「請け負ってください」
短い言葉。
二人は、同時に顔を上げた。
「苦情を、ですか」
「そうです」
「誰が?」
「おふたりに」
間が落ちる。
カレンが、ゆっくり息を吐いた。
「原因が、私たちだから?」
「原因であり、理解者でもあります」
「丸投げですね」
「信頼しております」
優斗が、恐る恐る聞く。
「……請け負う、というのは?」
長老は、はっきり言った。
「苦情に答え、民を安心させてください」
「苦情は、全部なくならない」
「なくなりません」
「でも……」
優斗の声が小さくなる。
「それでも、誰かは納得しない」
長老は、目を伏せた。
「国とは、そういうものです」
沈黙。
カレンが、ぽつりと言う。
「……で、私たちがやる理由は?」
長老は、少しだけ笑った。
「あなたは、納得しない側の気持ちを知っている」
「……」
「優斗様は、納得しようとする側を知っている」
二人を見る。
「ちょうどいい」
カレンは肩をすくめた。
「最悪の人選だと思います」
「最高で、最適です」
長老は言い切った。
「だから、お願いしているのです」
一拍。
「苦情係として、現場に行ってください」
「二人で、です」
優斗は、深く頭を下げた。
「……わかりました」
カレンは、少し遅れて言う。
「責任は、取りませんからね」
「期待しております」
即答だった。
部屋を出るとき、
長老が最後に言った。
「ひとつだけ」
二人は、振り返る。
「この国に合わないものが、すべて間違いとは限りません」
「ですが、合わないまま放置すれば、必ず歪みます」
扉が閉まる。
廊下に、足音が残る。
カレンが、小さく笑った。
「ねぇ」
「はい」
「また、面倒な役回り」
「……」
「でも」
一歩、歩き出す。
「今回は、一人じゃない」
優斗は、少しだけ肩の力を抜いた。
「……心強い、というか、強すぎる」
二人は並んで、苦情のある場所へ向かった。
静かな国の、少しうるさい現実へ。




