表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/61

マズイ




それは、「噂」では済まなくなった朝だった。


王都アルミナ、

城の外務庁舎。


石造りの建物の一室に、

封を切られていない書状が積まれている。


一通。

また一通。


「……多いな」


長老は、机の前で立ち止まった。


封蝋の色はまちまち。

差出人も、農家、商人、兵舎、下町の住民。


だが、

内容は不思議なほど似ていた。


――異国風の料理を出す店がある。

――疲れが抜けると言われ、人が集まりすぎている。

――兵が勝手に通っている。

――気が緩む。

――妙に落ち着いてしまう。

――眠くなる。


「……眠くなる?」


長老は、一通を読み返した。


戦前の兵が、

その店に寄ったあと、

妙に気が抜けて戻ってくる。


叱責しても、理由が説明できない。


「士気が下がるわけではない」

「ただ……戦う気が、静かになる」


長老は、ゆっくりと息を吐いた。


(まずい)


別の書状を開く。


――お湯をかけるだけの飯を、

 子どもが好むようになった。

――「これでいい」と言う。

――作物の消費量が減った。


「……これもか」


また別。


――異国の卵料理を食べた夜、

 夢を見た。

――昔の家族のことを、

 はっきりと思い出した。


長老の指が、止まる。


(夢)


(魂の移動……?)


書状を置き、額を押さえた。


これは、単なる店ではない。


「噂が広がる速度が、早すぎる」


部下が、恐る恐る言う。


「すでに、正式な苦情として扱われています」


「理由は?」


「……説明できない、という理由です」


長老は、目を閉じた。


制御できないもの。

説明できない現象。


――魔石。


あの単語が、

頭をよぎる。


***


その頃、

件の店。


「……今日も来てる」


カレンは、半目だった。


扉が開くたび、風と一緒に人が入ってくる。


「今日は、兵が多いですね」


優斗は、静かに言う。


「やめてほしい」


「完全にやめてほしい」


カレンは即答した。


「制服の人が並ぶ店、絶対ろくなことにならない」


店主は、変わらずのほほん。


「でも、静かでいいお客さんだよ」


確かに、騒ぐ者はいない。


皆、黙々と食べて、静かに帰る。


――それが、逆に不気味だった。


「……ねぇ」


カレンが、小声で言う。


「これ、落ち着くとか、そういうレベルじゃない」


「うん」


優斗も、同意する。


「……『 戻ってる』感じがする」


「戻る?」


「気持ちが、元に」


カレンは、

ぞくっとした。


スライムの森。

城。

夢と現実の境目。


全部が、同じ方向を向いている。


「……苦情、来るわね」


「来てます」


優斗は、即答した。


「すでに、公式ルートで」


カレンは、天井を見上げた。


「引き寄せ、仕事しすぎ」


そのとき。


店の外で、馬の音が止まった。


重い足音。

扉の前に、影が落ちる。


「……来た」


カレンは、つぶやく。


ノックは、丁寧だった。


「王都より、調査のため参りました」


のほほんとした店の空気が、初めて、はっきりと揺れた。


優斗は、深く息を吸う。


(……もう、逃げ場はない)


こうして、「噂」は正式な「案件」になった。


静かな店は、王都の視線の中に、しっかりと置かれた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ