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店主の好奇心



店は、昼下がりの匂いがしていた。

焼いた油と、煮込みの名残。


のほほんとした空気を、そのまま人の形にしたような店主が、

カウンターの向こうで腕を組んでいる。


「いやぁ、雰囲気が違うけど、異国の方かい?」


優斗とカレンは、顔を見合わせた。

こういうとき、説明はしない方が早い。


「ところでさ」

店主は、にこにこと身を乗り出す。


「向こうの国じゃ、どんな料理を食べるんだい?」


――来た。

この人、完全に『聞き出したい顔』だ。


「簡単でいいんだよ。家で作れるやつとか」


優斗は少し考えてから、

真面目な顔で答えた。


「……卵を、焼きます」


「ほうほう」


「ただし、ハートの形にします」


店主の眉が、ぴくっと動いた。


「ハート?」


「はい。目玉焼きを、ハート型に」


「味は?」


「……普通です」


沈黙。


店主は、ゆっくりとうなずいた。


「どうしてハートなんだい?」


素朴な問い。

優斗は、視線を泳がせる。


「……理由は、たぶん、あります」


「たぶん?」


「でも、説明すると恥ずかしいので」


「ほほう」


店主の目が、完全に『聞きたい目』になる。


「昔、誰かに作ったことがあるとか?」


「……作ってもらったことがあります」


「母がよく作ってくれました。

ハートの型に卵を流し込むんです」


店主は、ゆっくり手を叩いた。


「それは素敵な、思い出の味だねぇ」


「なるほど……気持ちを食べる料理だ」


その横で、カレンが腕を組んだまま言う。


「私は、お湯漬け」


「……お湯?」


「白ごはんに、お湯」

「以上」


店主の思考が止まった。


「……具は?」


「気分」


「味付けは?」


「人生」


「人生!?」


優斗が慌てて補足する。


「体調が悪いときとか、忙しいときにいいんです」


「お湯をかけるだけって……それ、料理かい?」


カレンは即答する。


「火を使わない」

「失敗しない」

「洗い物が少ない」


「利点が多いねぇ……」


「栄養は?」と聞かれて、


「気合で補う」


優斗が小声で言う。


「それ、僕の国でも怒られるやつです」


「でも生きてるでしょ、アタシ」


「……反論できないねぇ」


店主は、何度もうなずいた。

うなずくたび、顎の下の肉がぷるんと揺れる。


「いやぁ、勉強になるねぇ」

「世界は広いねぇ」


カレンがさらっと言う。


「たぶん、真似しない方がいいです」


「だろうねぇ」


それでも店主は、帳面に書き留めていた。


――ハート卵。

――お湯ごはん。


のほほんとした顔で。


「……商品名は、どうする?」


「え?」


「異国風ってつければ、だいたい売れるからねぇ」


「売らなくていいです!」


「アタシ、知らないから」


三人の視線が交錯する。

店主だけが、楽しそうだった。


客が来た。

というより、

いつの間にか、いた。


カウンターの端。

フードを深くかぶった男。


さっきまで、誰もいなかったはずなのに。


「いらっしゃい」


店主は、何事もなかったように言う。


「今日のおすすめは……異国の卵料理、だねぇ」


男の肩が、ぴくりと揺れた。


「……異国?」


低く、ざらついた声。


優斗が無意識に背筋を伸ばす。

カレンは「来たな」という顔をした。


「ハート形の目玉焼きか、お湯漬け」


「……お湯漬け?」


「湯をかけるだけ」


「……それは、食事なのか?」


「生存」


即答。


男は黙った。


そのとき、

今度はテーブル席から声が飛ぶ。


「それ、俺の国にもあるぞ」


旅装の青年。


「穀物に湯を注いで、祈ってから食う」


「祈りは必須?」


「腹壊さないためにな」


優斗が、真顔でうなずく。


「理にかなってます」


奥の席から、さらに声。


「ハート形って、縁起担ぎ?」


耳の長い女性。

エルフだ。


「恋愛運?」


「士気向上です」


「……重いわね」


エルフは笑った。


店主は、もう帳面を開いている。


「恋愛、士気、生存……全部、人間に必要だ」


カレンの嫌な予感が、的中する。


「待って。メニュー化しないで」


「責任、発生しないから」


「そもそも異人だから」


――遅かった。


店内の視線が、一斉に集まる。


「いつから?」

「毎日?」

「持ち帰りは?」


優斗は小さく息を吸う。


(……ゴブリンと同じ流れだ)


カレンも思っていた。


引き寄せている。

確実に。


「ねぇ」

小声で言う。


「私たち、静かに食事する才能、ゼロじゃない?」


「……同意します」


店主は満面の笑みだった。


「いやぁ、繁盛しそうだ」


その瞬間、

厨房の奥で火がふっと強くなる。


誰も触っていないのに。


誰も気にしない。

ここでは、よくあることらしい。


カレンはため息をついた。


「異世界でも現実でも……

やっぱり、人は寄ってくるのね」


優斗は苦笑いする。


「ハート形、焼きます?」


「……焼きすぎないで」


こうして、

のほほんとした店に、

少しだけ騒がしい時間が流れ始めた。

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