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夜な夜な出るもの




王宮の寂れた一角に、

夜な夜な女の幽霊が出る――

そんな噂が、まことしやかに広まっていた。


最初は兵士たちの酒席での冗談だった。

だがいつの間にか侍女や書記官の耳にも届き、

やがて王都の町にまで漏れ始める。


「幽霊が出る王宮」という評判は、

無用な不安を呼ぶ。


内政の安定を何より重んじる長老は顔を曇らせ、

優斗とカレンを呼び出した。


「放置すれば、くだらぬ噂でも毒となる。

 おふたりに、真偽のほどを確かめていただきたいのです」


「イヤです。お断りします」


カレンが即座に言い切った。


(気持ち悪すぎ。

 あんたたちの家なんだから、自分で解決しなさいよ。

 なんでアタシたちなの?)


長老の視線が、冷たく刺さる。


優斗は慌てて口を挟んだ。


「カレンは怖がっているみたいですが、

 なんとか力を合わせて確かめてきます」


(僕も怖い。ガクブルだ)


カレンに睨まれている気がした。


――こうして二人は、

夜の王宮外れで張り込みをすることになった。


古い倉庫と、使われなくなった小屋が点在する一角。

昼でも近づきたくない場所だが、

夜ともなればなおさらだ。


冷たい風が石畳を撫で、

草の擦れる音がやけに大きく響く。

月明かりは雲に隠れたり現れたりし、

影は伸びたり縮んだりして形を変える。


カレンが小さく肩をすくめた。


「……ほんとに幽霊、出たりしないでしょうね」


「出ない。出ないと思う。

 いや、出ないでほしい」


優斗の返事は三段活用だった。


息を潜め、小屋の陰に身を隠す。

時間だけが、ねばつくように過ぎていく。


その時だった。


小屋の前に、ひらりと白い影が立った。

長い髪、細い肩。

噂に聞く『女の幽霊』そのものだ。


カレンが息をのむ。


「で、出たぁ……?」


次の瞬間、

その腰のあたりで何かがふわりと揺れた。


――しっぽだ。


優斗は目を細める。


「……あれ、尻尾生えてない?」


幽霊に尻尾は生えない。


つまり正体は――

女の姿に化けた狐、ゴンだった。


ゴンは小屋の周囲をうろつき、

窓をのぞいたり、地面をかいたり、

必死に何かを探している様子だ。


頃合いを見て、優斗が声をかけた。


「――何してるの、こんな時間に」


肩をびくっと跳ねさせ、

ゴンはしっぽをぶんぶん振りながら後ずさる。


「ち、ちがうんだ!

 怪しい者じゃ――いや、怪しいけど!」


カレンが腕を組む。


「女の幽霊の噂、あなたのせいでしょ」


観念したゴンは、耳をぺたりと倒した。


「実はさ……

 長老がこそこそ何かを取りに来るのを見ちゃって。

 きっと『いいもの』を隠してると思って……

 気になって、夜な夜な探してただけなんだ」


二人は顔を見合わせ、同時にため息をついた。


優斗は静かに首を振る。


「何もないよ。

 探しても、掘っても、のぞいても無駄だ」


「……ほんとに?」


「ほんとに」


しょんぼりうなだれるゴンは、

もはや怪談の主ではなく、

ただの迷子の動物だった。


優斗は少し表情を緩め、

服の内側から容器を取り出す。


「昨日作ったプリンの残りがある。

 甘いもの、好きだろ?」


ふたを開けると、甘い匂いが夜に広がった。

ゴンの耳としっぽが、勢いよく立つ。


「プ、プリンって……本物!?」


「条件つきだ。

 二度とここには来ないこと。

 王様に見つかったら……命はない」


ゴンは何度も頷いた。


「来ない! 絶対来ない!

 今日限り! 幽霊もやめる!」


尻尾を振りながら頭を下げ、

やがて闇に溶けるように消えていった。


静けさが戻る。


「……人騒がせな狐ね」

カレンが小さくつぶやく。


優斗は肩の力を抜いて笑った。


「ゴンもプリン好きなんだね。

 プリンは世界を救うよ、たぶん」


夜風が、少しだけ優しく感じられた。

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