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エルフのリリー



森の光は、やけにやさしい。

でも、そのやさしさが、

ときどき胸に刺さることがある。


異世界にも、悩みや愚痴、

そして苦情がある。

それは、人間だけのものじゃない。


「ご相談、お願いします」


木陰から現れたのは、

エルフの少女だった。


まず目に入ったのは、髪よりも耳だ。

横にすっと伸び、

その先でぴょこんと曲がっている。


――これは、たしかに真っ先に目につく。


「リリー、といいます」


彼女は、少し俯いたまま続けた。


「耳が……大きすぎるんです」


言われなくても分かる。

否定の余地はないレベルだった。


「森の仲間は、みんな言うんです」


そう前置きしてから、

彼女は無理に笑ってみせた。


「『風の受信機』とか、

 『洗濯ばさみ』が似合いそうとか」


軽口のつもりなのかもしれない。

でも、その軽さが、いちばん重い。


(風の受信機はカッコいい。

 洗濯ばさみは、洗濯のとき便利だ)


頭の中で言い返してみる。

でも、口には出さなかった。

それは、彼女が一番欲しがっている言葉じゃない。


どうやら、

彼女の周りには言い返してくれる人がいないらしい。


「弓は得意なんです。

 魔法も、そこそこ使えます」


少し間を置いてから。


「でも、耳のことを言われると、

 全部どうでもよくなってしまって」


リリーは両手で耳を押さえた。

けれど、まったく隠しきれない。

耳の存在感のほうが、圧倒的に勝っていた。


「……切ろうかと、

 思ったこともあります」


その一言で、

森の空気が少し冷えた気がした。

鳥の声が、遠のいたように感じる。


僕は、息をひとつ吸ってから口を開いた。


「確認させてください」


仕事用の声が、勝手に出る。

これはもう条件反射だ。


「耳が大きいことで、

 生活上の危険はありますか」


「枝に引っかかります」


即答だった。


(引っかかるよなぁ。絶対に)


「でも、それ以上に……」


リリーは言葉を探すように、

ゆっくり続けた。


「気になる人に、

 見られたくないんです」


森の光が揺れた。

木漏れ日が、一瞬だけ陰る。


僕は、しばらく考えてから言った。


「リリーさん」


「はい」


「耳が大きいのは、

 たぶん短所じゃないです」


言いながら、内心は大慌てだった。

(よし、逃げるな。

 今さら引き返すな)


「大きい耳は——」


自分の耳に触れる。

当然、彼女の耳とは比べものにならない。


「よく聞くための形です。

 風の音も、森の声も、

 誰かの気持ちも。

 普通より多く受信するための」


リリーは瞬きをした。

ぱちん、と世界が切り替わる音がした気がした。


「それ、

 苦情処理担当の人の言葉ですか」


「僕の言葉です」


少し照れくさくなりながら、

それでも続ける。


「世界のほうが整形すればいいんです。

 『多種多様が普通』って方向に」


「世界が……整形」


ぽかんとしたあと、

リリーはふっと笑った。


それは、耳よりも先に届く笑顔だった。


「切らなくて、いいですかね」


「もったいないです」


即答だった。

迷いはなかった。


「綺麗なものを付けて、

 オシャレな耳にしたらいい。

 隠すより、主役にしたほうが早いです」


「……はい」


リリーは、

ぴょこんと立った耳をそのまま揺らし、

森の奥へ帰っていった。


その後ろ姿は——

少し大きな耳を持つ、

ただの少女だった。


僕は空を見上げる。


(誰かが言ってたな。みんな違って、みんないい、って)


胸の奥で、

青いボールが、チリンとひとつ鳴った。

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