王様の御猫
今日は、どんな苦情案件が来るのだろう。
どうか――平和な一日でありますように。
優斗の願いは、無残に砕け散った。
ゴブリン飛脚が、とびはねるように駆けてきた。
少し息が上がっている。
「オウキュウ……チョウロウ……ヨブ……イク……」
優斗は慣れた手つきで、水を差し出した。
彼が倒れない程度の速度で走ってきたことを、
もう知っているからだ。
「お疲れ様。ありがとう」
横でカレンが眉をひそめる。
「なんで大事な用事がサルなのよ。わけわかんないんだけど」
「優斗、たぶん『長老のもとに来い』ってことだと思うよ」
「じゃ、早速行こうか」
王宮は騒然としていた。
侍女が名前を叫び、
傭兵が剣を持ったまま棚の下をのぞき込み、
誰かが「そっちは昨日探した!」と怒鳴っている。
優斗の胸の奥が、ざわざわと波打った。
――嫌な予感がする。
長老は私室の前で、頭を抱えて座り込んでいた。
声をかけると、ゆっくり顔を上げる。
その瞳には、暗い影が宿っていた。
「王様の愛猫、ルシアンが――昨日より行方不明なのです」
「それでなのね。どうりで騒がしいと思った」
カレンは落ちていた小石を拾い、
私室横の池に放り込んだ。
水紋が静かに広がる。
(こんなことでこんなに騒ぐなんて……王宮って暇なのね)
優斗は猫騒動が苦手だった。
それに、タマリンのことを思い出したくなかった。
あの時も、探しているうちに、取り返しのつかない結論へたどり着いたのだ。
(また猫か……猫に縁がありすぎる)
長老は、ふたりの心を見透かしたように言った。
「ただの猫ではございません。王様が日頃よりご寵愛の、たいせつな猫なのです」
優斗は表情を引き締め、静かに答えた。
「それは……とても大変なことになりましたね」
長老はふたりを見つめる。
「おふたりにも、ルシアンを探していただきたいのです」
「特徴を教えてください。ルシアンはどんな猫ですか」
「全身、曇りのない白猫でございます。ただ、目と目の間に黒い豆粒ほどの点がございます。
それが“王家の猫の印”である、と王様は……」
優斗はうなずいた。
「ご期待に添えるかどうかはわかりませんが、全力で探します」
カレンは頬をふくらませ、口をとがらせた。
(はいはい。猫は大事。わかってる。でも『 気まぐれな猫を探す』とかムリでしょ……)
城の外へ出てみたが、まったく手がかりはなかった。
カレンがうんざりした声で言う。
「猫がいっぱいいるところでしょ?宿屋のおばさんに聞けば?」
優斗の顔に、少しだけ光が戻る。
「ふてくされてるわりに、いい案だね」
カレンはムッとした。
「なによ。あたしだって、やりたいわけじゃないんだからね」
***
町はずれの寂れた空き地に着いた。
誰かが餌をやっているのか、たくさんの猫がパンくずを食べている。
「ほら、あれじゃない?」
カレンが白い猫を指さした。
「とりあえず白猫を持っていけばいいのよ」
「眉間の黒い斑点は、ペンで描いちゃえば?」
優斗の顔が陰る。
「それは……王様をだますことになる」
「いなければ、『いなかった』って正直に言うべきだよ」
「違うわ。探した結果を出すの」
カレンはペンを取り出し、悪びれもせず言った。
「あんたって真面目すぎ。つまんなーい」
「これに描いたら――」
「ほら。これで完成」
白猫の眉間に、黒い点が加わった。
「間違ってても、スマホも写真もないんだから、『間違えました』で済むわよ」
カレンは白猫を抱き上げ、持っていく気満々だった。




