植木がトラブっています
はい、総合相談・苦情窓口です。
最初の相談は、隣の家の植木の話だった。
中年女性の声。少しかすれていた。
「隣のおばあさんの植木が、うちの庭まで入ってきちゃってて……」
「町内会で話し合えばいいんじゃないですか」
事務的に言った。
「それはちょっと……。噂になるのが怖くて」
なるほど。
つまり、角の立たない役を、誰かがやれということだ。
お隣に連絡してみた。
高齢の女性の小さな声。穏やかそうだった。
「すみません、あの……植木が少しだけ、お隣に……」
「ハイハイ」
返事と愛想はとても良かった。
それで安心したのが、いけなかった。
数日後、植木は減るどころか、むしろ増えてきたとのことだった。
諦めたのか、それ以来、相談主からの連絡はなかった。
――次の相談は、落ち葉だった。
「隣の家の落ち葉が、庭を埋め尽くすほどで……」
気弱そうな初老の男性の声。たぶん。
「直接言えばいいんじゃないですか?」
「険悪になりたくなくて」
隣は近すぎる。もめたら後々まで気まずいのは分かる。
少し間を置いてから、こう続けた。
「見回り中に発見した、ってことにしてもらえませんか?」
なぜか僕が、各家庭を『見回る人』になった。
(僕は犬のおまわりさんか!!)
苦情や悩みの相談が多くて、見回っている時間がない。
電話の向こうで、紙が擦れる音がした。
窓を少しだけ開ける気配。風の音。
誰かが落ち葉を踏んだ、ぱりぱりという軽い音。
「ああ、これね。うちの木だよ」
声が近くなった。太く低い声の男性。
今、間違いなく相手は落ち葉のある庭に立っている。
「毎年のことでさ。季節だから仕方ないだろう?」
笑っている。
悪びれてはいない。
むしろ「自然現象に文句言うな」と言わんばかりだ。
強面のがっしりした男性像が浮かぶ。
「拾っても拾っても落ちるんだよね。ほら」
また足音。
落ち葉を蹴る音が、受話器の奥でざわざわと鳴った。
「で? それがどうした?」
その言い方に、悪意はなかった。
ただ、自分の落としたものが、誰かの手間になっているという感覚が、
どこにもなかった。
向こう側でドアが閉まる音がした。
落ち葉は置き去りにされたまま、家だけがぴしゃりと現実に戻る。
そして、少し間を置いてから、こちらに向けて放たれる。
「なんていうか……あんた、暇なのか?」
そう言われてしまったので、
「気分を害されたのなら、すみません。申し訳ありません」
と、反射的に頭を下げていた。
電話なのに。
帰り道、ふと思った。
誰の庭も、少しもきれいになっていない気がした。
「掃除します」の言葉がない。
相手が悪いと思っている限り、改善なんてしない。
それで、なぜか今日も、僕だけが謝っている。
僕の心の庭だけが、鬱蒼としている。
心ぐらい、せめてスッキリしていたいのに。
***
家に戻り、洗面器に水をためた。
なにかの映画だっけ。
水面に顔を浸けたら異世界に行っていた話。
期待して、顔を浸けた。
……数秒。
やっぱりね。変わりっこない。
それなら話は早い。
水の中で叫ぶだけだ。
(そんなこと、自分たちでなんとかしろよ!
ばっ……き……ゃろーーーー)
ゴボゴボ。
【優斗:追記】
お友達の田中君に渡してください、この手紙。
……を頼まれるくらい後味悪いんだけど。




