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突然の使節団訪問



外国使節団が到着したのは、

よりによって――風向きが最悪の日だった。


朝から王宮の旗は音を立ててはためき、

城下の人々は「今日は洗濯物を干す日ではない」と悟っていた。

しかし、それを知らない外国の賓客たちは、胸を張って石畳を踏みしめていた。


謁見が終わった。

使節団は深々と礼をし、

儀礼にかなった、完璧な動きで静かに後退していく。


そのときだった。


――ずるっ。


音のほうが、遅れてやってきた。


団長の足が、何かに引き戻された。

床は磨かれている。

大理石は光を返し、どこから見ても非の打ちどころがない。


……はずだった。


玉座の影。

光の届かないほんのわずかな場所。


そこにだけ、拭ききれなかった

細く透明な糸が、粘りつくように伸びていた。


納豆だった。


この国の名物。

誇るべき伝統食品。

そして――

床に落ちてはいけない食品の、代表格。


踏んだ瞬間、逃げ場はなくなった。


足だけが前へ出る。

体だけが後ろへ残る。


「なっ――」


言葉は最後まで形にならなかった。


団長は、気品ある外交官の所作を保ったまま、

まるで舞踏会の途中で力尽きた貴族のように、

前のめりに崩れ落ちた。


どさっ。


外套が床に広がる。

手袋が滑る。

威厳が剥がれる音が、誰にも聞こえた気がした。


副官が慌てて支えようとして――


ずるっ。


連鎖した。


さらに背後の護衛が助けに入って――


ずるずるっ。


結果、使節団は見事な一直線で床に並んだ。

さながら礼儀正しい土下座の見本。

あるいは、転んだまま整列した芸術作品。


王宮に、深い沈黙が落ちる。


廷臣たちは息を呑み、

騎士団は視線を天井に向け、

誰も笑ってはいない――が、笑っていない顔を必死で保っていた。


王は、ゆっくりと立ち上がる。

その顔は強く、威厳に満ちている――ように見えた。


実際には、口元がわずかに引きつっていた。


団長は、痛む腰を押さえながらつぶやいた。


「……危ない国であったな。足元が」


――違う意味で。


カレンは胸に手を当て、心配そうに言った。


「大丈夫ですか?慣れると、滑らなくなるんですけど」


優斗は顔を覆った。

誰も反論できなかった。

事実だからだ。


廊下の片隅で、侍女たちがこっそり囁く。


「また納豆ですか……」

「風向きが悪い日は、糸が伸びるんですよね……」

「明日は干し場を変えましょう」


その日、この国は世界に知られることとなった。


「足を踏み入れた瞬間スッ転げる国」


という別名とともに。


そして、もう一つ。


――納豆の国。


誉れ高いのか、恥ずかしいのか、判断は分かれたが、

旅行者向けの案内書だけは、しっかり追記された。


『王宮内では、上履きの着用をおすすめします』


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