開心と引き寄せは、戦闘向きではありません
「――あの者たちは、どうか」
玉座から、低く圧のある声が落ちた。
広い謁見の間に反響し、空気そのものがわずかに震えた気がした。
長老は静かに一歩下がり、深々とうやうやしく頭を垂れる。
床に触れるほどに外套の裾が流れ、その姿は儀式そのもののようだった。
「王様。あの者たちには、正直なところ、過度な期待は持てません」
間を置き、言葉を継ぐ。
「一人は『開心』のスキル。
もう一人は『引き寄せ』のスキル。
それ以上のものは、いまのところ確認されておりません」
長老の瞳が淡く光る。
透視スキルが静かに発動し、二人のステータスが空間に浮かび上がる。
――ステータス――
名前:白井優斗
レベル:25
体力:70
気力:50
気弱さ:98
厄介事の量:1200(※減らない)
(会心の一撃は、ない。)
スキル:
『開心』
相手が本音を言う。
言わなくていいことまで言う。たいてい場が凍る。
***
名前:カレン
レベル:25
気の強さ:100
身勝手さ:100
押し付け度:100
容姿:1200(盛られている・本人非認可)
スキル:
『引き寄せ』
いろいろ寄せる。
望まないものも寄せる。選べない。たいてい面倒。
長老は軽く息をついた。
ほんのわずかな溜息だったが、謁見の間ではよく響いた。
「ごく稀に、未実装のスキルを有している場合もございます。
しかし、発動するかどうかは不明でございます。その多くは一生、眠ったまま……」
王は黙って聞いていた。
その表情は動かない石像のようで、感情を読ませない。
短い沈黙が落ちる。
「――授けるか?」
一言だけの問い。
だがそれは、この国の命運を軽く揺らす重さを持っていた。
長老はわずかに目を伏せ、言葉を選ぶ。
「ドラゴンを退治するには、『はぷんての魔石』を授けるのも一案ではございますが……」
そこで言葉を濁した。
「操れるかどうかは、保証できませぬ。効果は絶大。ゆえに制御不能。唱えし者の資質次第では――災厄に転じましょう」
謁見の間の空気が、ひやりと冷えた。
遠くで、兵士の甲冑が微かに鳴る。
王は、それでも迷いなく言った。
「ならば」
短い言葉が落ちる。
「――あの者たちで、試してみよ」
誰も息を吸う音すら立てられなかった。
決定は、あまりにも簡潔だった。
長老は深く頭を垂れた。
(運命は、二人の肩にかかるのか……)
その視線の先で、優斗とカレンはまだ何も知らず、
重い扉の向こうで呼び出しを待っていた。
***
回廊を歩きながら、長老はふと足を止めた。
陽射しに照らされ咲き誇るバラの庭園。
その裏手には、人目につかない陰鬱な小道がのびている。
(……行ってみるか)
小道の先にあったのは、人気のない木造の小屋。
石造りの王宮の中では、ひどく場違いで、記憶からこぼれ落ちるような存在だ。
扉を押し開けた瞬間、かびた匂いと湿気が肌にまとわりついた。
今にも崩れそうな本棚が、壁にしがみつくように立っている。
長老は奥に差し込まれていた赤茶けた一冊をそっと引き抜いた。
本の裏。
小さな隠し穴に指を差し入れ、鈍色の箱を取り出す。
「……ふう」
ここに、何年眠っていたのだろう。
自分の鼓動だけが、やけに大きく聞こえる。
ためらいがちに、蓋を開けた。
そこには、紋章のような装飾をまとった、
深海の光を閉じ込めたようなエメラルドの魔石が鎮座していた。
――はぷんての魔石。
(王様は、この威力を知りたがっておられる)
大魔導士ですら恐れる代物。
これを、あの者たちに授けてもいいのだろうか。
長老は箱を胸に抱え、静かに目を閉じた。
決断の重さが、肩にのしかかる。
それでも、王命は絶対だった。
(試すしか、あるまい)
小屋の扉が、きしむ音を立てて閉じた。
長老は応接室に戻り、向かいの二人を見た。
深く刻まれた額のしわが、いっそう歪んで見えた。
ゆっくりと言葉を選ぶ話し方に、年輪のような重みがあった。
「おふたりに、お話がございます」
「一目拝見した時から、あなた方はこの国の者ではないと推察しました。特殊な方々です」
「白井優斗様は、『開心』のスキルをお持ちです。相手の心を開かせ、癒す力」
「黒咲カレン様は、『引き寄せ』のスキル。その効果は――すでにご覧になったでしょう」
カレンのもとに民が寄ってきたことを思い出した。
「……ですが」
長老はそこで言葉を切った。
ためらいなのか、覚悟なのか。優斗には判断がつかなかった。
「攻撃魔法のスキルがございません。王様は、その点を危惧しておいでです」
沈黙。
「はるか昔、この国の大魔導士様は……ガルーラダンジョンにドラゴンを封印しました」
「しかし近年、災害と飢饉が相次いでおります。それがドラゴンの呪いではないか――その噂が、消えないのです」
「もし、ドラゴンの怒りが真実であったなら」
「この『はぷんての魔石』を用い、討伐をお願いしたい」
それ以上、長老は語らなかった。
しばしの沈黙ののち、机の引き出しが静かに開かれる。
鈍色の小箱が置かれた。留め具に触れた指が、一瞬だけ止まる。
――迷っている。
なぜか、優斗には分かった。
箱が開かれ、深海を思わせるエメラルドの光がわずかに室内を染めた。
「これが、『はぷんての魔石』です」
声はいつもと変わらない。
だが、目だけが優斗を見ていなかった。
「本来、あなた方に渡すものではありません」
箱は閉じられ、両手で差し出される。
「それでも――王命です」
優斗は言葉を探した。喉の奥が、ひりつく。
「……使わずに済むなら」
それだけを、ようやく口にした。
長老は、かすかにうなずいた。
「それが、最善です」
カレンは、しゃっくりをしたまま口を押さえ、魔石から目を離さなかった。
優斗は一瞬、ためらった。
しかし、差し出された箱を前に、手を引くことはできなかった。
「……お預かりします」
思ったより低い声が出た。
魔石を受け取った瞬間、
自分の立場が変わったことを悟る。
胸の奥に重く突き刺さるものを感じて、言葉が出た。
「ちょっと待ってください」
「僕たちは、この国に来たばかりで、この大変貴重な『はぷんての魔石』を使えるかどうかも分かりません」
「それに、ドラゴンという強大な魔物と戦えるとも思えないのです。剣を持ったことも、戦ったこともない」
「しばらくこの国に慣れてからのほうがいいと思います」
自信は、まったくない。
(そんな強大な力と戦うなんて、箸より重いもの持ったことないのにムリゲー)
(断っても首はねられ、行っても死ぬって……どんな罰ゲームだよ)
「どうか、お願いします。そのかわり、何でもします」
引き延ばさなければ。なんとしてでも――。
「僕たちにできることがあれば、ですが」
カレンは不機嫌そうに、ふてくされて立っていた。
(なんでアタシらにそんな厄介なことを押し付けるのよ!)
(ドラゴンて、はぁ? ゲームでしか知らないんだけど)
(苦情係と受付係りが勝てるわけないっちゅーの)
(もし勝てたら全裸で歩いてやってもいいわ)
長老はしばらく考えてから、静かに口を開いた。
「それでしたら、町に出て困った場合――改善が必要なケースなどで、必要と判断されれば魔石を使ってみてください」
「疑問なんですが」優斗は続けた。
「僕たちより長老様のほうが力がおありなのに、なぜ僕たちなのですか?」
「はい」
「あなた方は、未知の国から来られた特殊な方と拝見いたしました」
「それでお願いしている次第でございます」
カレンは言いかけた。
(それ、異人ってだけじゃん)
優斗は即座に言葉をかぶせた。
「ご配慮に、感謝いたします」




