みっともない気がする
通されたのは、等身大の鏡が壁一面に並ぶ、悪趣味なほど豪華な小部屋だった。
金の縁取り、厚ぼったいカーテン、床に意味ありげに敷かれた赤い絨毯。落ち着くどころか、落ち着かせる気がない。
着替えを終えた僕――優斗は、なぜか膝に絆創膏を貼って戻ってきた。
異世界に来ても、机の角は攻撃力が高いらしい。どこの世界でも強い。
一方、カレンの着替えはやけに長引いた。
侍女が何度も出入りし、そのたびに「はい」「かしこまりました」と声が響く。笑い声も混じっている。嫌な予感しかしない。
***
呆れるほどの時間が経った。
僕は三回ため息をついた。数えた。三回。
落ち着かないので四回目は飲み込んだ。
やっと扉が開いた。
カレンがドレスのフリルを指でつまみながら、ゆっくり姿を現した。
「もう、何着ても似合いすぎて選ぶの困っちゃったわ」
その言い方に悪意はない。自信しかない。
薄いピンクのドレスは、襟のレースと裾のフリルが主張していた。
光を受けるたび、布が波打つ。侍女たちが満足げにうなずく理由もわかる。
「優斗は着替えるの早いわ――ね?」
沈黙。
「んあ?」
カレンの顔が、一瞬だけぐにゃりと歪んだ。
見たものを理解しようとして、脳が処理落ちした顔。
「――っ」
次の瞬間、爆発した。
「ふ、ふ……あはははははは!」
床を転げ回りそうな勢いだった。
壁の鏡が揺れている気がした。気のせいだと信じたい。
「お腹痛い、もう無理!耐えらんない!」
僕は自分の格好を見る。
白いタイツ。ふくらんだバルーンパンツ。胸のところだけ妙に豪華な飾り。
鏡に映るのは、どう見ても『イケてない王子のコスプレ』。
「あんた、今からバレエでも踊るつもり?」
カレンは息継ぎしながら続ける。
「よりによってバルーンパンツに白いタイツって!」
「それ、美形王子の格好じゃん」
「でも中身が優斗だからコントになるのよね」
よくもまあ、そんなに言葉が出てくるなと感心した。腹立つけど。
僕は顔を真っ赤にしながら言った。
「よくも、それだけしゃべれるね」
声が情けなく震えた。悔しい。
「だからイヤだって言ったんだよ!」
思わず子どもみたいに叫んでしまい、
そのままそそくさと小部屋に戻っていった。
(仕方ないだろ。サイズがこれしか合わなかったんだから)
鏡の中の自分と目が合う。
王子服というより、罰ゲームに近い。
ため息をつきながら、タイツを引っ張って伸びを確認する自分がさらに情けない。
扉の向こうから、まだ笑い声が微かに聞こえる。
城の中で響く笑い声は、やけに遠くまで届く。
(異世界転移って、もっとこう……勇者とか魔法とか、そういう華やかなやつじゃないの?)
僕のは、白タイツで始まるらしい。
誰がこんなシナリオ書いたんだ。返品したい。
それでも――。
扉の向こうで、ドレスの裾を揺らして笑うカレンの姿を思い浮かべてしまう。
少しだけ胸の奥が軽くなる。悔しいけど、そういうところがずるい。
「……行くか」
結び直した紐をもう一度確認して、深呼吸をした。
情けない格好でも、舞台は待っているらしい。
逃げられない運命、ってさっき長老が言っていた。
だったら、少しくらいみっともなくても――前に出るしかない。




