王都アルミナの洗礼
強制的に、映画で見たような馬車に乗せられ、がたごとと揺られること数十分。
革張りの座席は思いのほか柔らかいのに、心臓は固い石みたいに重たかった。窓の外を流れていく景色は、知らない森、知らない空、知らない世界ばかりだ。
到着したのは、白い石造りで塔がいくつも並ぶ城だった。
見上げるほど巨大な、金細工が施された二枚扉。まるで威圧するみたいにそびえている。長老が合図を送ると、音もなく扉が左右に開いた。その静けさがかえって不気味だった。
一歩踏み込むと、外の熱気が嘘のように消え、ひんやりとした空気が肌を包む。石の床に足音が吸い込まれていく。
「ようこそ、王都アルミナへ」
その佇まいだけで、長老が高位の人物だと分かった。深海を思わせる濃紺の外套。肩口には、太い金糸で編み込まれた精緻な紋章。そこに立っているだけで、圧倒的な実在感を放っていた。声は落ち着いているのに、背筋が自然と伸びる。
「えっと……僕、ただの通行人なんですけど」
自分で言っていても、頼りない声だと思う。現実感はまだ追いつかない。
「大丈夫です。この国では『逃げられない運命の人』を――」
(き、聞こえない!!)
耳に入っているはずなのに、理解するのを本能が拒否した。思わず身震いする。
隣でカレンは、長い黒髪を指で弄びながらため息をついた。
「こんな原始的な奴らに、負ける気がしないわ」
強気なのか無謀なのか、その境界が分からない。
「僕は、勝てる気がしないよ」
情けない返答しか出てこない。泣くつもりはなかったのに、視界がにじんだ。靴の先を見ることしかできない。
「あんた、しっかりしなさいよ」
ぶっきらぼうだけど、少しだけ温度のある声だった。
長老に連れられ、いくつもの回廊を抜ける。高い天井にはシャンデリア。赤い絨毯が延々と続いている。壁には歴代王の肖像画。
(音楽室で見たことあるな。巻き毛の……いや、今はそれどころじゃない)
胸の鼓動がやけにうるさい。靴音と競争しているみたいだ。
やがて、金色の装飾が鈍く光る重厚な扉の前で、足が止まった。
「まずは、そのお召し物を着替えていただきましょう。ここでは決まり事がありますので」
『決まり事』――それが一番怖い言葉に聞こえる。
長老の言葉とともに扉が開く。
そこには、数人の侍女たちが純白の布を手に、作り笑顔を浮かべて待ち構えていた。微笑んでいるのに、目だけが仕事用の冷たい光を宿している。
逃げ道は、どこにもなかった。




