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かえる? 帰る……、帰る!?
それがもしそのままの意味なら星澪の目的は完全に俺達と一致している、なら変に敵対する理由なんて皆無じゃないか。
「星澪さん、それはもとの世界に帰るってこと……ですか?」
「もちろんそうだよぉ、こんな世界にいても何にも楽しくないじゃん!」
星澪は肩を竦めながら、目を細め、口をへの字にしてほとほとうんざりした様子で話を続ける。
「だってこっちの世界は最新コスメもファッションも無いし動画サブスクも無いし美味しい食べ物もSNSも何にもないじゃん。もう退屈で退屈でうんっざり! それとも君なら大丈夫そ?」
「いや……同感ですね。それ以前に普通に帰りたいですし……」
「でしょー! だからこんな世界でトップ取ったってなんの意味もないのよ! でもね……」
そう言うと、またくるくると忙しく表情を変える星澪。途端に笑顔を見せた彼女は、人差し指を立てながらこう言った。
「一つだけ気に入ったものがあるの、解る?」
「…………スキル、ですか」
「そう、正解だよぉ。だって凄い能力じゃん。もともとアタシはこの見た目のお陰で生まれた時からチョロッチョロの楽勝人生歩んできたんだけどさ、スキルがあったらもっとスゴい事ができるじゃん? だからコレだけはどうしても持って帰りたいの。でも普通に帰ったら地球には魔力とかないからこの力は無くなっちゃうらしいんだよねぇ」
なんとも人生舐めた小娘だが言っていることは理解できなくもない。俺だってこの力があれば地球では超人だ。
しかし持って帰る方法があるのだろうか……。
ていうか彼女にとっては帰ること自体はもう当たり前にできそうな感じなのか。それだけでも充分凄い事なんだけどな。
考え込みながら眉間へ皺を寄せていると、それに気づいた星澪がフフンと鼻を鳴らしドヤった顔で説明を続けてきた。
「なんか考えてるみたいだけど、今からすぐに解るから大丈夫だよ。さあ会いに来て『時の精霊』さん!」
その言葉と共に、足元が揺らいだ。
地震か……。いや、にしては小刻み過ぎる。それに揺れはすぐに治まったし。
「時の精霊さんはねぇ、アタシの魔力だけじゃ全然量が足りなくて呼んでもなかなか会いに来てくれないの。だからみんなの力を借りようと思ってね、集まってもらってたって訳♪」
星澪の言葉と共に大講堂の床が怪しげな玉虫色の光を放ち始める。それは壇上以外、つまり眠らされた大量の魔族達が転がっている床からだ。
「こ、これは……なにが……」
目の前で行われていることに、どうやら魔王も困惑しているらしい。
恐らくこれから起こることは彼も預かり知らぬ事なのだろう、愕然としたその表情からはそれがありありと見て取れる。
「ごめんねぇ、ルベル様。地球から毎日人間を召喚できるようになってもアタシはな~んにも楽しくないの。だからあの話は全部嘘だよ」
「そ、そんな、カナサ……」
うーむ、魔王はまだ星澪のスキルにバッチリやられているらしい。
騙され利用されていたことに対して怒るどころか、ガックリと肩を落として落胆している様子からそれは一目瞭然だろう。
「さあ……アタシの贈り物を受け取って」
俺は急ぎ壇上の端まで駆けて、下を覗いて見た。眠り重なっている魔族は千人を優に越えるだろうか。
それらで敷き詰められた隙間をよく見れば、なにやら魔方陣のような模様が床に浮き上がっているのが確認できる。
どうやら光はそこから発せられているらしい。
その光が徐々に強さを増していくと、大講堂の照明たちが次々と火花を散らして消えていく。
やがて全ての灯りが壊れて無くなり、闇に支配された空間。怪しげな光は暗闇の中でより一層その存在を際立たせ始める。
「えー、超キレイ……」
うっとりとして顔でそれを眺める星澪。
確かに、綺麗ではある。
それは例えるなら下から逆に伸びるオーロラとでも言えばよいだろうか。
動く度に色を変える光のベールが幾層にも重なり揺蕩う神秘的な光景。
邪悪さは感じない、只ひたすらに神々しく美しい。これは誰が見てもきっと目を奪われるに違いない。
「──!」
なんて悠長なことを考えながら、ふと大講堂の床に目を向ければ、あれだけいた魔族が一人残らず消えている。魔方陣もだ。
残っているのは魔力の塵のような煌めく粉塵と、空間を漂うオーロラのような光のベールだけ。
「初めまして、星澪奏紗です」
「──?」
光のベールに向かってカーテシーをしながら、可愛らしい声で自己紹介をしている星澪。
軽くお辞儀していた頭を上げると、彼女はただ笑った。
嫣然とした笑みとは正にこの事だろうか。
それは幼児のような無邪気さを纏いながらも、どこか艶やかで妖しく危ない色気も醸し出す愛くるしい笑顔。
まるで千年恋い焦がれた相手にでも出会ったような無垢で裏表が無いそれは、自身に向けられたものではなくとも心が揺さぶられる。
俺がその笑顔を見たのは一瞬だけど、たったそれだけで途端に胸が熱くなるのを感じ即座に視線を外した。
これは、もう一度少しでも彼女を見たら『愛され体質』にやられる……。それが確信できる。
そうかあの時、演出の為とは言え普通にスキル情報を俺に渡してみせたのは、星澪の頭が悪い訳でも、俺を舐めていたからでもなかったらしい。
本気を出した星澪にとっては、相手が自分のスキルの事を知っていようといるまいと関係ないらしい。そう思い知らされずにはいられない程のスキルの出力を、今の彼女からは感じる。
現にあれ程ぶちギレていた牌谷さんでさえも、頬を赤らめて顔を伏せている。
多分、星澪の本気の笑顔を凝視しちゃったんだろうな。どうやら彼女のスキルは異性同性お構い無しのようだ。
先程の刻印による交信で星澪のスキルの大まかな概要を伝えておいて良かった。落とされる前になんとか視線を外せたようで何よりだ。
しかし、ここまでの現象から解ることが一つある。
「要するに、下にいた魔族達は生け贄だったって訳か……」
「悪い?」
俺の問いに、悪びれる事なく星澪は一言返した。




