9
スキルポーションの効能はすぐに身体に現れた。
いけない薬でも打たれたのかってくらい全身に活力が漲る。生命力が身体から溢れて目に見えるんじゃないかって思ってしまうくらいの驚くような勢いだ。
これは消耗していた魔力が全快したってことなのだろうか、スキルポーションとは他人の魔力の源の様なものなのかもしれない。
これなら耐性スキルが発動すれば毒の分解に使う魔力は十二分に足りそうだ。
次に変化が起こったのは左手の刻印だ。色が徐々に紫へと変化していく、エクストラスキルが身体に宿りつつある証拠だ。
凄い、一体どんなスキルだ!?
期待に胸が踊るのなんの。
でも……あれ、なんか涙が出てる……。それに鼻水も垂れてきた。なんか様子が、おかしい……。
右手で涙と鼻水を拭ってみて、腰を抜かした。
血だ。
目と鼻から流れ出ている液体は血液だった。
口内にも違和感がある。何か異物があるようなので吐き出すと、カツン──と床を叩く音が響く。視線を落とすと白いものが落ちていた。
自分の抜け落ちた歯だった。
これは……やばい。
危険を感じ、慌てて左手の刻印に触れて脳内にスキルログを呼び出す。
『毒物耐性発動』
『現在のスキルレベルでは対処が間に合わない猛毒を検知、分解遅延状態』
くそっ、そう言うことか……。
心配すべきは発動の可否や魔力量でなく、シンプルにレベルだったらしい。とんだ失念だ。
即死は免れたみたいだけど、スキルが僅かな延命処置にしかなってない事は身体の異変から簡単に悟れる。
全身の力が抜けていく……。
さっきまでのだるさとは違う、強制的な脱力感。座位の姿勢を保つ力すら失った身体は自然と横に倒れ込む。
口からも血が溢れてきた……、動悸が激しい……、息もしづらい……、手足が痺れる……、まるで自分の身体じゃないみたいだ……。
貧血立ち眩みの十倍くらい抗えない感覚だ、これ……。んなこと考えてる場合じゃない、か……。
そんな今際の際、俺の視界の端に映り込んだのは完全に紫色に変色した左手の刻印だった。
頼む……、起死回生のスキルであってくれ……。
胃から逆流した血に阻まれ、声も出せない俺は最後の力を振り絞って右手で刻印に触れた。
『スキル:救世の翼』
『ランク:エクストラ』
『フォーム:統合』
『光系の補助スキル及び救世の翼スキルを行使可能』
ログと同時に大量のスキル情報が脳に流れ込む。
死ぬ…………助け……て。
『救世の翼スキル、“聖女の祈り”を発動』
そのログを認識した直後だ、重さのない毛布にくるまれた様な心地好い感触と共に意識が徐々にハッキリとしていくのを感じた。
体のあらゆる異変が鎮まって元の状態へと治っていくのが、わかる。
手足の指を動かして感覚を確認した後、重い体を起こし部屋の隅の壁に寄りかかって座り込んだ。
顔に触れると、まだ血は付着してるが流血は止まっていた。
身体は先程よりも酷い魔力欠乏症によって途轍もないだるさに見舞われていたけど、それでも毒の……あの死を確信するような強烈な不快感に比べればなんてことは無い。
凄いぞ、これがエクストラスキル……。
新たに得た情報によると統合とは様々なスキルが同時に入手できるセット商品のようなものらしい。
脳に刻まれた三つの救世の翼スキルはどれもが強力な効果を持つということは既にある程度把握している、それに光属性補助スキルのおまけ付き。
しかし飲んだのがこの瓶じゃなかったら死んでた可能性が高いと思うと本当に肝が冷えるな。
ふと脇に転がる空き瓶に目をやれば、それは何も記載されていない最後に取った瓶だった。
ああ、斉藤さんのスキルだ、これ……。
ほんとに短い間だったし、大した関係でも無かった。
それでも湧きあがる申し訳なさと罪悪感、安堵と感謝の思いが入り乱れてなんとも言えない気持ちになった。
だがらしくもない感傷にいつまでも更けっている時間はない。
今は忘れて刻印に触れる。スキルログをもう一度確認するのだ。
冷たいかもしれないが俺の精神は正義のヒーローなんかからは程遠い一般人のそれだ。他人の悲惨な状況にいくら感化されたところで、結局のところは我が身が一番可愛い小物なのだ。それは自覚している。
『スキル:聖女の祈り』
『ランク:眷属』
『フォーム:能動、復元』
『救世の翼スキル。魔力を消費し自身、若しくは触れている任意の対象の状態を健全化する。対象は単体のみ、失われた部位も含めて復元可能。対象が死亡している場合、死亡してから二十四時間以内かつ肉体の七割以上が原型を留めている場合に限り蘇生可能。四十八時間に一度の使用制限』
『現在使用不可:制限解除まで四十七時間五十八分』
『毒物耐性』
『レベル:Ⅲ→Ⅸ』
『猛毒の分解によりレベルが上昇』
『───────────────────────────────────────────』
いくつものスキルとその説明が頭の中に網羅され瞬時に脳へと染み込んでいく。
それらを理解した最初の感想はこうだ。
──これは、困ったな。




