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とにかく落ち着け、息を整えろ、別の事を考えろ……。
胸を抑えながら必死に自身の心を押さえつけると、少しずつ気持ちが落ち着き始めた。
星澪から視線を外したことによる影響も大きいのだろう。
危なかった。彼女のスキルと本性を知っている分『愛され体質』が造り出す特殊魔力は俺に対して最大限の効果を発揮できないのかもしれない。というかそもそも俺は星澪が苦手だしな。
そして先程の牌谷さんとの小競り合いを見た限りでは同姓にもその効果は薄いらしい。
まあ、端から彼女が敵愾心を全開にしていたのも影響している可能性が高いけど。
思考を持っていかれないよう現状把握に頭を回していると、背後から妙な視線を感じるのに気がついた。
振り替えれば牌谷さんがジト目でこちらをじっと見つめている。それは明らかに不審者や変質者を見るような厳しい眼差し……のように感じられる。
ん、なんでだ……俺なんかしたか……。
いや原因など、この状況を客観的に分析してみたらすぐ解る事だった。
考えてもみろ。中学生くらいの少女に手を握られた後に紅潮した顔でハァハァしてる成人男性など、どう考えても変態でしかない。
牌谷さんは星澪のスキルを知らないのだから尚更だ。
「いや、いやいや! これは違いますよ! 聞いてくだ──」
「いや……別に弁解とかいいから……。男はああいうちっちゃくて可愛い女の子が好きだよね」
ちっちゃい女の子って……やはりそういう趣味だと幻滅されたのだろうか、ちょっと怒ってるような口振りだ……。
「いやいやいやいや、今のは決してそういうことではなくてですね──」
「あ~ダイジョブダイジョブ、ウチ別に気にしてないし」
尖らせた唇で、そう言って外方を向いてしまう牌谷さん。
ぬあぁぁぁぁぁぁぁぁ!
これは間違いなくロリコンだと勘違いされている!
まずいぞ何とかして誤解を解かなければ……、そうだ!
「は、牌谷さん、ちょっとお手を拝借させてもらっていいですか……?」
「え、なに急に……。まあ、別に、いいけど……」
左手の刻印と刻印をくっつければ情報を共有できるらしいからな。これを彼女にも実践してさっきの行動を理論的に説明せねば。
やり方はさっきので理解している。というか一回交換するとルールのようなものも一緒に頭に刻み込まれるからだ。ルールといってもそう難しいものではない。至ってシンプルに二つ。
ルールその一、受け取ったスキル情報は一度確認すると消去される。つまり渡せるスキル情報は自身のスキルのみ、さっき星澪から受け取った情報は既に俺のログからは消えているため渡すことはできない。
ルールその二、送るのは言葉などでもよい。例えるならエルとやってるあれと同じような感じだ。
そして送りたい言葉やスキル情報ログを接触した刻印から相手に流し込む、そんなイメージ。
全く難しいものではない。
早速牌谷さんの手を取り、互いの手の甲をくっつける。彼女は伏し目がちにそれを見ているけど、振り払ったり嫌がったりする素振りはない。
良かった、気持ち悪がられてはいないようだ。心底ホッとした。
『さっきのはこういう事なんです――』
「あっ……そう……いうこと……。解った……」
少し俯いていた牌谷さんは流れ込む情報に驚いたのだろう、伏し目からの上目遣いで俺の顔に視線を移すと、納得したようにそう口にする。
その目付きからは険が取れ、若干柔らかさが戻っていた。
ふぅ、どうやら誤解は解けたらしい。
そして身長が一緒だから上目遣いの彼女の顔はあまり見ることができない。うん、非常に良いものが見れた。
「で、痴話喧嘩は終わったぁ?」
嘲笑を含んだような声で茶々を入れてくるのは、黙って見ていた星澪だ。
「痴話って、いや、そ、そういうのじゃねぇし!」
それに対し耳を赤くしながら光の速さで反論する牌谷さん。
そりゃそうだ、星澪のせいで危うく俺がロリコン認定の憂き目に遭うところだっただけなんだから痴話喧嘩とかではない。くっ、コイツだけは絶対に許せん……。
そう思って一睨みしてやろうかと思ったけど。
「あん、なによ?」
「…………………」
彼女を直視してはいけない事を思い出して慌てて目を伏せた。いや、別に怖かった訳ではない。
そんな俺たちを見ながら薄ら笑いを浮かべていた星澪、しかしその表情が一変。
「あ、準備が整ったみたい! よし、じゃあ始めようかなぁ」
まるでこの時を待ちわびていたような嬉々とした声。
そうだ、コイツさっき計画がどうのと言っていたな。
普通に考えるなら魔王の言っていた地球と異世転のゲートを繋ぎっぱなしにするとかいうアレなんだろうけど、疑問があるとすればそんなことをして星澪になんの利益があるのかまるで解らない点だ。
「おま…………あの星澪さん、一体何を始めるつもりですか……?」
「えぇ? 簡単なことだよぉ、帰るの……!」




