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俺にお言葉を賜った星澪は先程まで謎の儀式を行っていた祭壇を振り返り、何かを確認するように一瞥するとこちらへと向き直る。
「もう止められないとこまで来たみたいね……。じゃあモブも頑張って推理したみたいだし、アタシのスキルを特別に教えてあげよっかなぁ」
そう言って得意気に語る星澪が、足取り軽くこちらへと歩いて来る。
その動きに警戒を強め、即戦闘モードにスイッチを切り替えた牌谷さんが拳を構えるが、星澪はどこ吹く風と言った様子で笑いながら一言。
「アハハ大丈夫、なにもしないからぁ」
「な……」
先程とは打って変わったその天真爛漫で毒気の無い笑顔には、牌谷さんも調子を狂わされて思わず拳を降ろす始末。
そのまま俺の目の前で立ち止まると、こちらへと手を伸ばしてきた。
「ちょっ! な、なんですか!?」
「いいからいいから、ちょっと手ぇ貸してぇ」
そう言って俺の左手を取ると──。
「唇はダメだけどぉ、スキルとスキルのキスなら許してあげるね」
「──!?」
──自身の左手の甲にある刻印と俺の刻印を密着させた。
その時初めて星澪と目が合い、その容姿の全容をはっきりとこの目に焼き付ける事となる。
癖のない凛としたストレートロングの黒髪、そこには絵に描いたようなキューティクルの天使の輪。
ツケマもしてないのに豊かで長い睫と綺麗な眉毛。
くっきりと刻まれた二重瞼の大きな眼には、濃い蜂蜜に似た薄茶色の美しい瞳が宝石のように輝く。
そして小ぶりで整った小悪魔のようなツンとした鼻と、ぷっくりとした蠱惑的な唇、可愛らしい形の耳。
それらが完璧なバランスで配置されている。
それにもう異世界三日目だと言うのに、何故かうっすらと薫る石鹸と花蜜の混ざりあったような爽やかで甘い香り。
なんというか、そう、非の打ち所がない容姿とはこのこと。
チラ見で集めた彼女の見た目情報の断片を繋ぎ合わせて、頭の中で思い浮かべていた脳内生成星澪奏紗。それが俺の持つ彼女のイメージだったけど、実物はその千倍は可愛い。
「こうするとねぇ、情報を渡したり受け取ったりできるんだよ」
そう言って、上目遣いで囁く星澪。
最早ただ可愛いとか、そういうレベルではない。
非常に個人的な嗜好で例えるならば、耳を擦りつけて見上げてくる子猫や、頭を傾げるシマエナガを見た時のような、心臓を直撃してくるアレだ。
目が離せない。
そう思った瞬間、俺の中の彼女に対する畏怖や緊張は掻き消され、代わりに心に湧き上がってきたのは「彼女の役に立ちたい」「彼女を守りたい」と言う強い献身の気持ちだった。
好きとかそう言う恋愛感情ではない。いや恋愛経験少なすぎて解らないからこれが恋愛感情なのかもしれないけど、でもやはり何か違う気がする。
兎に角、彼女に何かしてあげたくて仕方ないのだ。
いや、いやいや、これはヤバい……!
「ちょっと……離してください!」
妙な危機感を感じて慌てて彼女の手を振り払うと、途端に聞こえてくる舌打ち。
「ちっ、まだ堕ちてないし。モブのくせにまさかアタシのスキルに対策でもしてたの? 不自然なくらい目を合わせないと思ったけどそういうこと? …………それに黒いスキルってなに……?」
見れば蔑みモードに戻った星澪が疑問を口にしている。あいつ何もしないとか言っときながら俺をスキルの餌食にするつもりだったらしい。
それでも彼女がさっき言っていたスキル情報の交換の話はどうやら本当のようだ、俺の脳内には星澪のスキル情報が刻まれている。
『スキル:愛され体質』
『ランク:エクストラ』
『フォーム:常態、補助』
『術者はこのスキルにより変換された特殊魔力を常に身に纏う。特殊魔力は見たものや触れた者の魔力に溶け込み、内部から懐柔、術者に対する庇護欲を爆発的に増大させる。スキル対象は魔力を持つもの全て、肉体を持たない者、言葉の通じない者、如何なる者も例外はない。術者に好意的な者や近くにいる者ほどその効果は飛躍的に向上するが、距離や時間を置くとその効果は徐々に減少する。減少速度は対象の術者への好感度により増減』
庇護欲。つまり、か弱い者や可愛い者を守ってあげたくなる心。そこに付け入るスキルらしい。
なるほど厳密に言えば魅了や洗脳とは似て非なるもののようだ、体感して思ったけど下手すればそれらよりも質が悪い。
『友人帖』をくらった事がないから比べるのは難しいけど、ノクス達のように思考を強制される感じは一切なかった。エルを見ていれば解るけど記憶障害もない。
正常なまま彼女の虜にされる感覚。あと数秒手を握られていたら俺もエルのようになっていただろう。なんなら今も彼女に跪きたい気持ちを理性で無理矢理抑え込んでいる。
そしてこのスキル、特性から考えても見た目だけなら儚げで美しい彼女と相性抜群。彼女がこのエクストラスキルを付与されたのは、その完成された造形ゆえだろう。
生まれ持った美しい見た目は才能だ。より多くの他者に好まれる外見というのは、人間だけでなく他の多くの生物にとっても生存戦略的な意味合いでは最強の武器の一つと言える。
それにしても、思い出しただけでゾッとする。もしも星澪のスキルを事前に予想していなければ、手を振り払い抗おうとはしなかったと思う。
冷や汗と共に、いまだ心臓の鼓動と呼吸は荒いままだ。




