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呪縛葬送を使用すると同時に、魔王の身体を縛り付けている呪印が生き物のように蠢き始めた。
それらは滑るように魔王の身体を流動しながらその首へと集束していく。
数秒程で身体中の呪印は消え去り、残ったのは首輪のように魔王の首を一周りする不気味な紋様の黒い刺青のみとなっていた。
これで呪縛葬送の発動準備は整ったらしい。
『スキル:呪縛葬送』
『ランク:眷属』
『フォーム:能動、呪殺』
『闇の手スキル。絶影発動中及び呪縛が発現した対象にのみ使用可能、複数対象への同時使用不可。使用した対象に三つの制約を課する。制約一、術者に対する一切の攻撃を禁ずる。制約二、術者に対する虚偽の申告を禁ずる。制約三、術者に対するスキルの行使を禁ずる。これらの制約に一つでも違反した場合、制約対象は本スキルの発動により即座にその命を失う。なお違反しない場合においても任意での発動も可能。一度使用すると絶影を解除しても制約は対象に残り続けるが、制約対象の呪縛葬送を発動もしくは解除するまで再使用不可』
『制約付与中、スキル未発動のため現在使用不可』
要するに、今この時から魔王が俺に対してウソをついたり攻撃したりスキルを使ったりすると即死するってことだ。
「これは……、身体が動く……が、しかしなるほど。今お前のスキルから警告のログが入ってきた。これで俺はお前に手出しできないと言うことか。胸糞の悪いスキルだ」
「どの口で言ってんすか、あんたのスキルの方がよっぽど胸糞悪いっすよね……。今までの報いだと思って質問に答えてもらうっすよ」
「ふん、是非もなしか……」
観念した様子で胡座をかいて床に座り込む魔王。仏頂面に腕を組んだその態度は若干不遜にも感じるけど、往生際だけは悪くないらしい。
「さあ、それじゃあ一つ目の──」
「あーあ、ちょっとなに敗けてんのよルベル様ぁ」
──はい? この声は……。
俺の言葉を遮るように響いてきたのは、壇上の奥でゲート操作の儀式と思われるものを行っていた星澪奏紗のそれだった。
そういえば彼女もまた魔王に操られたままだ。
星澪は儀式場の台座から立ち上がると振り返り、手を後ろに組むと軽い足取りでこちらへ向かって歩きだした。
「魔王、あんたの『友人帖』って解除するにはどうやったらいいんすか? 嘘ついたら解ってるっすよね」
「言われんでも知っている……」
そう言うと魔王は革張りのノートを左手に呼び出し、俺に手渡してきた。
「そこに刻まれている解除したい対象のページを破り捨てればいい、それだけだ」
「なるほど………………って星澪奏紗って何ページにあるんすか、探し方が解らないんすけど……」
パラパラと捲ってはみたものの、彼女の名前のページに行き当たらない。
「解除したい奴の名前や顔を知ってるなら、思い描きながらページを捲れば勝手に開かれる。まあ無駄な事だけどな……」
「は、どういう意味っすか……」
ちなみに、魔王の言ったやり方は教わらなくても無意識にやっていた筈だ。
この手の物を探る時に、調べたい事柄を思い浮かべないなんてそもそも有り得ないだろう。
思った通り、いくらページを捲ってみても星澪の名前は出てこない。
「魔王、嘘をついたら……」
「死ぬんだろ、俺は生きてるぞ」
そうだ、魔王は死んでない。つまり嘘を言っていない。
これらから導きだされる答えは一つしかない。
星澪は『友人帖』による操作洗脳を受けていない。
俺の目の前にきた星澪は、睨むような上目遣いで下から覗き込んでくる。
「君、やってくれたわね。アタシの計画潰すつもり? 集まった奴らは寝てるだけよね……」
星澪はそう言うと大講堂に集まった魔族達を見回して一つ息をついた。
「ハァ、よかった。もし皆を殺しでもしてたらムカつきすぎて君の事を殺してたとこだったよぉ」
「ど、どういう──」
俺が問い掛けるよりも早く、魔王が口を開いた。
「すまん、カナサ。俺はこの状態だ。もう戦えん……」
「ルベル様ったら情けないわぁ。ああ、もーいい。婚約解消ね、解消! アタシ弱い男嫌いだし!」
「そ、そんな……」
星澪の言葉を聞いてガックリと項垂れる魔王。
あらぁ、本当になんとも情けない……。
どうやらカップルパワーバランスは星澪の方が圧倒的に上のようだ。こんな魔王は見たくなかったな……。
いやいや、違うだろっ……。
明らかに魔王の様子がおかしい。
まさか……。
「星澪奏紗、まさか魔王を操ってるのは君の方か?」
「は、なにいきなり呼び捨て? てか君さぁ、もしかしてアタシのスキルの事なにか知ってる? て言うかさっきから全然目を合わさないよね。どこ見てんのよ? 人と話す時はちゃんと目を見なさいよ。なに、それとも馬鹿にしてんの!?」
「あ、いや、そういうわけじゃ……。」
ある意味正論、ある意味真っ当な説教。
言い返す言葉もない……。
ああ、やばい。見た目と性格共にこいつメチャクチャ苦手な人種だわ……。魔王とは違った意味で超怖い……。
そう、前にも言ったけど高位の存在過ぎる美女や美少女を前にすると俺は緊張と畏怖で直視する事ができなくなる。
まあ、牌谷さんに関しては多少慣れてきたけど。
だから今も常に遠くを見つめるようにして彼女に焦点を合わせることを避けている。
どうもそれがお気に召さないようだ。
「あ、そ、それと、スキルについては何も知らないです。でもあの、その、興味はあるんでよかったら教えてもらってもいいですか……?」
ぐぅ、近くで見ればどう見ても中学生くらいだ。こんな子供に吃りながらつい敬語を使ってしまう自分が情けない……。
でも怖いものは怖いのだ、仕方ない……。
「はぁ? 教えるわけないじゃん。君バカなの? いい歳してそんな質問しかできないんだったらもう死んだ方がいいよ?」
「あ、はい、す、すみません……」
ぎぃぃぃぃっ! ムカつくけど怒りより先に恐怖が勝ってしまうぅ……。
「ねえ、さっきから聞いてたらお前何様? 言っとくけどクロくんお前より全然頭いいから」
「はぁ!?」
俺の後ろからドスの効いた声をあげたのは、だいぶ体調を回復させた牌谷さんだった。
ああ! 牌谷さん! 俺もうちょいで泣かされるとこでした……。




