83
「これは…、か、体が……動かん……」
両膝をつき力無く項垂れたままの魔王。
浮き立つ額の青筋から察するに、全身に力を込めて拘束に抗おうとしているのだろう。
絞り出したような掠れた声からもその必死さが伺える。
「そういうスキルっすからね」
どうやら呪縛は完全に奴の体の自由を奪ったようだ。
絶影のスキルコンセプトが敵の捕縛に特化したもので助かった。殺傷能力に振り切ったようなスキルだったら生かして捕らえるのはかなり難儀しただろう。
確定した勝利に一息ついていると、観念したのか魔王は唯一動かせる首をもたげて問い掛けてくる。
「小僧……。俺は人間共を召喚したあの時、声の微弱な揺らぎで相手を無意識に誘導するスキルを使っていた。このスキルは相手に行動を強制させるようなものではないが、余程強い意思がなければ偽名を名乗る何て事をしようとは思えなかった筈だ」
なるほど、言われてみたら思い当たる節はあったかも。
異世界に召喚された当初、俺は確かに魔王ことイケオジのことをだいぶ胡散臭いと感じていた。
それなのにだ。しばらく奴のイケボを聞いていただけでその猜疑心は薄まり、次第に心が惹き付けられるような感覚を覚えた事を確かに記憶している。
「それにサリーの召喚、あのタイミングでのノクスの支援、あれもお前の差し金だな。これだけ聞かせろ、お前、召喚された時からこの場面が見えていたのか……? そうでなきゃ俺が膝をついているなど有り得ない……」
「凄い……、もしかしてウチに名前を言わなかったのもこの為だったんだ……。凄過ぎるよクロ君、凄い凄い!」
「クロ、そこそこ賢い奴だと思ってたケドここマデ頭の回る奴だとは思わなかったんダヨ」
いやぁ、良い感じに勘違いしてくれてるな皆さん。言うまでもないことだけど、それは違う……。
俺は単純に名前を名乗るのが嫌だっただけだ。こんなもん予測できるわけないだろ、どんだけ凄い奴だったらこんなん狙って出来るってんだよ……。
自分の名前に対する嫌悪感が魔王の誘導スキルを跳ね除ける程であった事、ノクスが思ったより義理堅い性格だった事、その他色んな偶然が俺をギリギリ勝たせてくれたに過ぎない。
勿論、最善は尽くしてきたつもりだ。
だけど俺がそんなアニメの知略系主人公みたいな凄い人間でないことは、自分自身一番良く知っている。
ま、まあまあ、でもこれは利用できるかもしれないぞ。
この後は地球に帰る方法を魔王から聞き出さなければならない。魔王に舐められていてはその辺がスムーズにいかない可能性が出てくる。
そう、これは決して牌谷さんやエルの前で格好つけたいが為に言うわけではない。
今後のために仕方なくだ、仕方なく言うのだ。
大事な事だからもう一度言っておく、仕方なく言うのだ。
「勿論、最初から見えてたっすよ。苦戦は強いられたっすけどね」
「くっ……、化物か……」
あ、ヤバいくらいキマったわ。
魔王からは畏敬の、そして牌谷さんとエルからは羨望のような視線が注がれてくるのがビシビシと伝わってくる。
こ、これは脳汁が溢れてくるぅぅ……。
…………おっと正気に戻れ正気に戻れ、俺!
調子に乗るのはこのくらいにしておけ。
俺みたいなのは調子に乗り過ぎるとロクな事にならないのはよく知ってるだろ……。
「コホン。ま、まあでもあれっす。俺はそんな大した事はやってないっすから……」
「ふふ、クロ君いっつもそれ言ってるよ」
真っ直ぐ直視などとても出来はしないけど、そう言って微笑む牌谷さんはやっぱり可愛い……。
さあ、ある意味ここからが本番だ。
「それじゃあ、今から質問に答えてもらうっすよ」
どこか自信ありげな俺の口調に、眉根を寄せる魔王。
「なんだ、まだなにか隠し球でもあるのか……」
その通り。
どうやら闇の手は当初思っていた暗殺を目的としたスキルではなかったようだ。
恐らく本来のコンセプトは諜報。
潜入、潜伏、そして五感や標的の生け捕りによる情報収集を主目的とするスキル、それがここにきてようやく理解できた。
『闇の手スキル、“呪縛葬送”を発動』




